「ホタテ御殿」が一変、積み上がる在庫 中国禁輸、北米向けにも影響

福島第一原発の処理水問題

本山秀樹 山本智之 加藤裕則

 東京電力福島第一原発の処理水の海洋放出に反発し、中国が日本産の水産物の禁輸措置をとって1カ月。現場では、新たな販路開拓や輸出先探しに奔走している。中国で加工された水産物は欧米にも輸出されており、米国も新たな東南アジアの加工施設を仲介するなど、支援を始めた。

 「ジャンボホタテ」と呼ばれる大ぶりで味の良いホタテガイの産地として知られる北海道東部の別海町。水産加工会社「丸イ佐藤海産」では7月以降、冷凍品の貝柱の有力な販売先だった中国からの注文が止まり、在庫が積み上がっている。伊勢健社長(41)は「今後の行方が心配だ」と話す。

 水産庁の調査では、中国による禁輸後、北海道など4道県のホタテの価格は11~27%下落。東京の水産物商社「豊泉」の小森玄社長によると、外国の商社から問い合わせは来るが、「あり得ないような安値」を打診されることもあるという。小森社長は「足元を見られているように感じる」と話す。

ベトナムやタイでの加工、米国大使館が支援

 影響は日本国内にとどまらない。日本から中国に輸出した殻付きホタテは現地で加工され、年3万~4万トンが米国に輸出される。日本農業研究所の河原昌一郎理事(海洋法制学)によると、元々は中国・大連沖で取れたホタテを加工していたが、2010年以降、取りすぎや記録的な異常冷水の影響で「絶滅」といわれるほどに。その代替となったのが日本産だった。

 09年に約7億円だった中国向け輸出は、22年には約467億円まで急拡大。北海道の産地は好況にわき、浜には「ホタテ御殿」が建った。中国向け輸出の拡大に伴い、東京都中央卸売市場での冷凍ホタテの平均価格も、09年の1キロ992円から、22年には2991円に高騰した。

 北米向け加工用の主力品種である「エゾホタテ(蝦夷(えぞ)扇貝)」の中国での生産量は元に戻っておらず、欧米のバイヤーの間では、「日本産が中国に入らなければ、北米向けの供給は困難になる」と不安の声も出ているという。小森社長は「北米やEU向けの加工に対応できる国への輸出や、国内消費向けの販路開拓を模索したい。過度な値下がりで漁業者が意欲を失わないよう、売り支えていかなければ」と話す。

 中国での加工を諦め、ベトナムやタイでの加工をめざす動きも。米国は輸入加工食品について独自の安全衛生基準を設けており、駐日米大使館は、台湾やタイ、ベトナムなどで米国の基準をクリアした加工施設を日本の水産関係者に紹介し、東南アジアを介したホタテ輸出を支援している。

 政府は水産業支援策として、ホタテの殻むき機導入費用の3分の2を補助することを決めた。ただ導入も簡単ではない。

殻むき機や加工施設への補助も「簡単ではない」

 食品機械の「ニッコー」(北海道釧路市)は、ホタテ貝から自動で貝柱を取り出す機械を製造する。1台で11人分の作業量をまかなえるという。価格は1台約1億円で、補助があっても、業者の負担は3千万円以上になる計算だ。さらに受注生産が基本で、注文から完成まで1年かかる。政府の支援策の発表後も「問い合わせは増えていない」(担当者)という。補助金の支出条件などをまとめた要綱を農林水産省が作成中で、漁業者らは様子見のようだ。

 人手の問題もある。北海道のある水産加工会社の社長は、「道内の加工施設は慢性的に人手不足で、技能実習生の外国人頼み。時給引き上げに補助金を使えても、いつまで補助が続くか分からない中では、簡単には人を増やせないし、時給を上げられない」と話す。

 風評被害に対する東電の賠償は、10月2日から申告の受け付けを開始。支払いが始まるのは来年春ごろとみられている。

 東京都の水産物商社の役員は「わが社の風評被害を確定するには、いま抱えている在庫を売却し、水面下にある損害を表に出さなければならない。安値でもさっさと売って賠償金を早くもらうか、値段が下げ止まるまで様子見を続けるか。年内にも対応を決めなければ」と言う。

 「タイミングを見誤れば、会社の存続にもかかわりかねない。判断に悩む」と胸の内を明かす。(本山秀樹、山本智之、加藤裕則)

「骨なし魚」への影響も

 ホタテ以外にも影響は広がる。

 「骨なし魚」「骨抜き魚」と呼ばれるサバやサケなどの加工品は、日本で水揚げされたサケやサバなどが、中国で骨を抜く加工をした後、日本に戻され、病院や高齢者施設の医療食用や介護食用に流通している。

 調査会社「富士経済」によると、施設向け冷凍骨なし魚の市場規模は2019年時点で約358億円。毎年4%の伸びで拡大しているという。

 1998年に業界初の「骨なし魚」を開発した大冷(東京都)は、サケやサバなど3、4種類を日本から中国へ運んで骨抜き加工をし、再び日本に戻して販売してきた。禁輸への対応について、「当面の原料は冷凍の在庫があるが、ノルウェー産やロシア産などに切り替え、中国に直送することを考えている」と話す。

 業界大手の極洋は「中国だけでなく、タイ、ベトナムでも骨なし加工をしているので、特に影響はない」とする。

 中国で加工しつつも「原産地・日本」を前面に出してきた東京の中小水産会社は「提携先の工場には、原料を欧州産に切り替えてもらうが、『日本産』と表示できなくなるのは痛い。『日本産』表示が継続できるよう、ベトナムでの生産も考えたい」と話す。(本山秀樹)

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