ストがもたらす「惑」を受け止める社会に 労組も顔が見える発信を
労働団体職員・文筆家 西口想さん寄稿
「ストライキ」という言葉が全国紙の一面を飾っているのをはじめて見た、気がする。
8月28日、大手百貨店のそごう・西武の労働組合が都内で記者会見を行った。その報道によると、親会社のセブン&アイ・ホールディングス(HD)がそごう・西武百貨店事業を米投資ファンドに売却する計画で、売却決議の直前になっても労働組合に対して従業員の雇用維持や事業継続について具体的な説明を果たしていないという。セブン&アイHDの取締役会が現状のまま売却の決議を行う姿勢であれば8月31日に西武池袋本店でストライキを行う、と労働組合が通知した。
そして、実際に31日にストライキが実施され、池袋本店が全館臨時閉館になった。同日、セブン&アイHDは臨時取締役会で米投資会社への売却実行を決議した。
このストライキが日本中から注目を集めたのは、大手百貨店での61年ぶりのストライキ実施だったからだ。
厚生労働省の労働争議統計によると、日本では第1次オイルショック後の1974年をピークに、ストライキは減少し続けている。その背景には、半世紀にわたる日本経済や労使関係の変化と労働組合の弱体化、政治やメディアの影響などが複雑に絡みあっているため、ここで掘り下げることはできない。
「休業したら困る」の声を紹介したメディア
とにかく、有名デパートの全館閉館といった規模のストライキは、今や多くの人にとっては未経験であり、単純に物珍しかった。
NHK「NEWS WEB」は、8月28日配信の記事でこの件をとりあげ、池袋駅前で取材した3人の市民の反応を伝えている。そのうち大学生の2人は「穏便に終わってくれたら」「休業したら困る」とコメントし、60代の会社員の女性は「経営側と組合側のそれぞれに考えていることはあると思いますが、客が置いてきぼりだなという気持ちです」と話したという。
ストライキに連帯や共感を示す「声」が伝えられないなかで、「客が置いてきぼり」という強めの言葉が中見出しに使われたこともあり、SNS上ではNHKの取材・報道姿勢に疑問を呈する声も見られた。
29日放送のフジテレビ「めざまし8」とその配信記事では、池袋西武が所在する豊島区の高際みゆき区長のコメントが紹介された。「池袋の顔である百貨店が1日か2日か分かりませんが、(ストライキで)閉じるということは本当に大きい影響だと思います。街にとってもプラスの話では全くないですし、住民の皆さまにも池袋西武を愛して下さっているお客さまに対しても決していいことではないと思います」という内容で、「街にとってもプラスの話では全くない」という言葉が強調され、やはりSNS上で区長のコメントに批判が集まった。
私も、この言葉には、「池袋の顔」を日々維持している労働者への配慮や想像力のなさを感じた。なお、こうした世論の反応を受け止めたのか、ストライキ当日の取材で高際区長は「従業員の方がどういう気持ちで今日を迎えられたかと思うと胸が痛い」とコメントしたという。
ストライキに対するこれらのコメントと、それを選別し、切り取り、伝えたメディア自体の空気からは、「戸惑い」や「困惑」を同時に感じた。市民も、区長も、メディアも、ストライキなるものをどう受け止めていいのか本当に「分からない」のではないか、と。
ストライキは、日本国憲法で保障された労働者の権利である。義務教育の段階で誰もが習うはずだ。
労働者には労働三権(団結権、団体交渉権、団体行動権)がある。使用者に比べて立場の弱い労働者の交渉力を担保するため、労働組合をつくり、団体で交渉し、交渉の切り札としてストライキ(一斉に労働力提供を止めること)をする権利が保障されている。そう知識としては知っているが、84年生まれの私も含めて、日本で暮らす多くの人は、ストライキが実際のところ何なのか、「経験」として知らない状態になっている。
■1974年は約533万人が…
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