宗派対立乗り越え、初恋の人と結婚 「私たちは戦後の終わりの象徴」
米国が主導してイラクのフセイン独裁政権を倒したイラク戦争の開戦から、20日で20年となった。戦後の混乱の中で起きた最も大きな問題の一つが、イスラム教の宗派をめぐる対立だ。わだかまりが根強く残るなか、宗派の壁を乗り越えて結ばれたカップルがいる。
今年6月に大学卒業を控えるサッジャード・スバイハウィさん(22)は、初恋の人に告げられた言葉が忘れられない。
「『シーア派の人間なんて、受けいれられるわけがない』って、お父さんに言われた」
イラクでは戦前、イスラム教スンニ派主導のフセイン政権による強権統治下で、宗派間の対立が抑え込まれてきた。
それが戦争を機に噴き出し、人口の約6割を占めるシーア派と、スンニ派との間で争いが起きた。2006年ごろからは泥沼の内戦状態に陥り、武装勢力や民兵が宗派を大義に殺し合った。数万人規模の命が奪われた。
サッジャードさんは、首都バグダッドのシーア派保守層が多い地域で育った。
看護師になるために大学に入り、最初にスンニ派の同級生に会ったときは、「ちょっと身構えた」。
だが、大学ではほとんどの学生が宗派の違いを気にしなかった。
そこで出会ったのが、スンニ派のヌールさん(22)だった。礼儀正しく、正直者。授業に来ないと、気になってすぐに電話をした。
2年生になると、「好きだ」と気持ちを伝えた。
SNSや欧米の価値観の影響などで、今のイラクの若者たちは、恋愛に対してオープンだと言われる。
ただ、保守的な家庭で育った2人が堂々と付き合うためには、「婚約」する必要があった。
サッジャードさんの父は当初、「なぜ、スンニ派の女性を選ぶんだ」と反対したが、最終的には「お前の人生は、お前が一番よく知っている。好きにしろ」と納得してくれた。
しかし、ヌールさんの父や兄は強く拒絶した。2人がこっそり会っていることを知ると、「これ以上一緒にいるなら、殺されることになるぞ」と警告した。
「自分たちの世代には、宗派対立なんて関係ないのに」。サッジャードさんはショックで1週間以上、大学に行けなくなった。
「私は他の人とは一緒にならない。あなたしかいない」。そう伝えたヌールさんだったが、卒業まで半年ほどになった時は「大学の外に出れば、もう会えない」と思い、体調を崩した。弱っていく娘の姿を見て、ヌールさんの父も折れた。
2人の家族も、互いに行き来するうちに、少しずつ打ち解けた。
2人は今年1月に結婚し、今はサッジャードさんの実家に暮らす。貧困、若者の失業、2時間おきに起きる停電……。2人が置かれた状況は、なお厳しい。
それでも、戦後に生み出された宗派対立をなんとか乗り越えられた。
「私たちの存在は、戦後の終わりの象徴だと思うのです」。サッジャードさんは、そう言った。