思想史家の渡辺京二さん死去 92歳 代表作に「逝きし世の面影」

 幕末明治の日本人の生き方を描いた「逝(ゆ)きし世の面影」などで知られる思想史家の渡辺京二(わたなべ・きょうじ)さんが25日、老衰のため熊本市内の自宅で死去した。92歳だった。通夜は26日午後7時から、葬儀は27日午後1時から、熊本市東区健軍4丁目の真宗寺で。喪主は長女の山田梨佐さん。

 京都府生まれ。中国・大連や、母親の郷里の熊本市などで育った。法政大学卒業後、書評紙の編集者を経て熊本に戻り、65年、雑誌「熊本風土記」を創刊。当時、熊本県水俣市の主婦だった故石牟礼道子さんに執筆を依頼、小説「海と空のあいだに」(後に「苦海浄土」として出版)を受け取り、同誌に掲載した。

 69年、石牟礼さんの要請に応えて「水俣病を告発する会」を仲間と立ち上げ、原因企業チッソとの補償交渉に臨んだ患者と家族らを支援した。その経験から、経済成長を追求して飽くことのない近代以降の社会を見つめ直す論考を重ねた。

 代表作「逝きし世の面影」(98年刊、99年度に和辻哲郎文化賞)では、人々が質素ながら満ち足りて暮らした江戸という文明が、近代化によって失われたことを描き出し、現在の社会を相対化する視点を示した。

 79年度に「北一輝」で毎日出版文化賞。江戸幕府や先住民族アイヌ、ロシアによる交流史を描いた「黒船前夜」で、10年度に大佛(おさらぎ)次郎賞を受けた。18年度に「バテレンの世紀」で、読売文学賞評論・伝記賞。

 「文学的同志」として、石牟礼さんの執筆を半世紀以上にわたって支えた。石牟礼さんが18年に亡くなるまで、熊本市の療養先に毎日のように通い、口述筆記の手伝いや身の回りの世話をした。21年4月から、地元紙「熊本日日新聞」に幕末明治の人びとの心のあり方を描く連載「小さきものの近代」を持ち、亡くなるまで書き続けた。

 渡辺さんから誘われ、16年から熊本で発行する文芸誌「アルテリ」の編集人となった田尻久子さん(53)は朝日新聞の取材に、「ニヤッと笑う笑顔が忘れられない。チャーミングな人でした」と振り返った。顔を見るたび、田尻さんが熊本市で開く「橙(だいだい)書店」について「店は大丈夫か?若い人は来てるのか?」と、気にかけてくれたという。

 最後に会ったのは今年の夏。作家で画家の坂口恭平さんとの対談に立ち会った時だ。「最初は体がしんどそうでしたが、話し出すと元気になった」という。対談は8月に発行されたアルテリ最新号に掲載された。

 現在、エッセーの執筆もする田尻さんに書くことを薦めてくれたのも渡辺さんだった。「あなた上手なんだから書きなさいって。私はものぐさだから、渡辺さんがいなかったら書いてないと思います。渡辺さんがいないなんてつまらなくなっちゃう」と涙をぬぐった。

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