第4回「文化もクソもない」我慢の限界とあきらめ 教皇も止められなかった

有料記事

カラコシュ=高野裕介

 めちゃくちゃにされた中東の小さな街に、ローマ教皇がやって来た。

 昨年3月のこと。

 「今こそ、破壊された建物だけでなく、人々のつながりを再構築する時だ」

 教皇はそう訴えた。

 訪れた教会内部には今も、教皇が座った椅子が残されている。時折、信者が来てなでたり、座ったりするのだという。

 中東最大規模の教会の内部は、真っ黒に焼け焦げていたのが信じられないほどに修復されている。今年8月に私が訪ねると、シャンデリアが白亜の天井を照らしていた。

 宗教儀式で訪れた小さな女の子2人が、白いドレスを着てはしゃいでいる。

 中庭に出てみると、タイルが整然と敷き詰められていた。でもよく見ると、物騒な金属片が接ぎ目に埋め込まれている。

 薬莢(やっきょう)だ。

 崩れ落ちそうなベージュ色の壁には、無数の銃弾の痕が残っていた。

 「記憶をとどめておくため、暴虐を忘れないためです」

 アマール・トゥーニー神父(45)が教えてくれた。

 イラク北部カラコシュ。同国最大のキリスト教徒の街から8年前、ほとんどの住民が去った。

 異教徒を標的とした、過激派組織「イスラム国」(IS)が占拠したからだ。

 ISは前身の組織が2014年6月、イラク第2の都市モスルを制圧し、「国家」の樹立を宣言。最重要拠点とした。

 その後に侵略されたカラコシュは、モスルの南東約20キロに位置する。ISは教会を射撃訓練場などとして使った。家々は焼き打ちにされた。

 16年10月、カラコシュはイラク軍などがモスルを奪還するのに先立ち、ISから解放された。

 街を歩くと、日常が戻ったように見える。

 「カーン、カーン」と街中に響く鐘の音。

 尖塔(せんとう)のてっぺんには、聖母マリアの像が据えられている。

 中心部では何軒もの酒屋を目にした。「酒は御法度」のイスラム教徒が大多数のこの国では珍しい光景だ。

 イスラム教徒のように頭を布で覆った女性も、ここではほとんど見かけない。

後ろから飛んできた銃弾

 「神に感謝します。今は希望を持って、生きているのだから」

 カラコシュ中心部の茶屋で働くマジッド・アブドゥルメシィーハさん(64)がそう言って、紅茶を注いでくれた。

 「止まれ!」

 14年8月、20年物の白い…

この記事は有料記事です。残り2941文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【春トク】締め切り迫る!記事が読み放題!スタンダードコース2カ月間月額100円!詳しくはこちら

この記事を書いた人
高野裕介
国際報道部次長|欧州、中東
専門・関心分野
中東、紛争、外交、国際政治
  • commentatorHeader
    安田峰俊
    (ルポライター)
    2022年9月11日14時6分 投稿
    【提案】

    硬骨な良い記事だと思うのですが、WEB版とはいえこのタイトルはいかがなものでしょう。 私、よくWEB媒体に寄稿するので、どんな見出しをつければ記事がよく読まれるかは体験的に知っています(拙著『みんなのユニバーサル文章術』星海社新書に詳

    …続きを読む