東電に7350万円支払い命令、国の責任は否定 原発訴訟で地裁支部
東京電力福島第一原発事故当時、福島県田村市都路町の旧緊急時避難準備区域に住んでいた525人が国と東電を相手取り、1人あたり1100万円、総額約60億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が2日、福島地裁郡山支部であった。本村洋平裁判長は東電の賠償責任を一部認め、383人に約7350万円を支払うよう命じた。一方、国の賠償責任は認めなかった。
裁判は2015年の初提訴以降、3次にわたり提訴。原告は事故当時、原発から20~30キロ圏の旧緊急時避難準備区域に住んでいた。同区域は11年9月に解除され、1年後には東電による賠償が打ち切られた。
裁判で原告側は、国と東電が対策を怠ったため原発事故が起き、原発から20キロ圏内の旧警戒区域との賠償格差が生じ、地域コミュニティーが壊れた、などと主張していた。
判決は、原告の損害について「原発事故により放射線被曝(ひばく)の恐怖や不安を感じ、地域コミュニティーの中で平穏な日常生活を送る人格的利益を侵害された」と指摘した。
その上で、居住地域の汚染の程度や東電の賠償状況などを総合的に考慮し、慰謝料額を1人200万円と認定。東電が原告に支払うべき総額を約12億円と算出し、提訴前に東電から支払いを受けた慰謝料額を引いた金額を東電に支払うよう命じた。
一方、国の責任については全面的に否定。東電が津波対策の基準とした、国の地震調査研究推進本部の長期評価を「国が規制権限を行使するほどの科学的・専門技術的な見地から合理性を有するものであったとは言えない」として、予見可能性はなかったと認定。東電が対策を講じたとしても事故は回避できなかったと結論づけた。
原告「最期まで闘う」
判決後、訴訟原告団が郡山市内で記者会見した。
「8年かけて裁判を闘ってきたが、国の責任を認めてもらえず、本当に残念」
原告団長の今泉信行さん(74)はこう話し、落胆した表情を見せた。
2011年3月11日を境に人生は大きく変わった。自宅は原発から20~30キロ圏内にあり、田村市は翌12日に避難を指示。親類宅や市内アパートを転々とし、8月には応急仮設住宅に妻・峰子さんと避難した。
だが、狭い仮設住宅での慣れない生活で、峰子さんの精神状態は悪化。朗らかだった峰子さんは家でふさぎ込むように。賠償金の差を巡る住民同士のいざこざにも心を痛めていた。
12年10月、除染作業の仕事から戻ってきた今泉さんが見たのは、妻の変わり果てた姿だった。享年54歳。
今泉さんは「人生の一部を奪われた者の思いを知ってほしい」と裁判を起こし、原告団長に就任した。
地裁郡山支部の判決は、東電の責任を一部認めたが、認定された慰謝料は請求額にはほど遠かった。何より国の責任を一切否定したことに憤りを感じた。今泉さんは「このまま死ぬわけにはいかない。最後まで闘う」と誓った。
原発被災者弁護団は今回の判決について「賠償額に地域で差をつけられるなどした都路の特性をまったく考慮していない、これまでの同種判決より後退した残念な判決だ」と批判。原告と協議の上、控訴する方針を示した…
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