「緊急時の政治家」メルケル首相 気候変動・EUに長期戦略あったか

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聞き手 ベルリン=野島淳 聞き手・高久潤
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 16年にわたってドイツの首相を務めたアンゲラ・メルケル氏(67)がいよいよ政治の舞台を降りる。印象深い言葉と行動によって国際社会でも存在感を示してきたが、長く彼女を観察してきた日独の専門家の見方は、いずれも辛口だ。政治家メルケルの実像とは。

政策論争なく、政党政治を壊した ハウケ・ブルンクホルストさん(独フレンスブルク大学教授)

 ――メルケル氏はどんな首相だったと思いますか。

 「過去のドイツの首相の中でも聡明(そうめい)な方だったのではないでしょうか。科学者として対象から距離を置き、熟慮しながら分析し、自ら判断するのが特徴です。集団思考で生まれてくるイデオロギーには依存しないし、凝り固まった信念もない。一方でユーモアはある。同じキリスト教民主同盟(CDU)出身で16年間首相を務めたコールの改良型ではありませんでした」

 ――コールとの違いは何でしょうか。

 「コールはCDUを体現する人でした。CDUは国の伝統や文化を尊重する国民政党です。その保守的な思想をメルケル氏は捨ててしまった。他党から喝采を浴びる決定をし、CDUの主張に反する決定もした。メルケル氏の最大の実績の一つはCDUを壊したことです」

 ――例えばどんな政策でしょうか。

 「原発の段階的廃止の決定です。メルケル氏は原発の稼働延長を決めていましたが、2011年の福島第一原発事故後に撤回。世論が望む政策を実行して権力を維持し、成功を収めました。しかし、メルケル氏はその選択の背景や問題点を国民に十分に説明しませんでした。気候変動問題への対処を考えれば、結果的に賢明な選択ではなかったかもしれません」

 ――ほかにもありますか。

 「15年に中東などからの大勢の難民を受け入れる決断をしました。近隣諸国との対立を引き起こし、党内からも批判されました。しかしメルケル氏は『緊急時に困った人たちに温情を見せたことで謝罪しなくてはいけないのなら、ドイツは私の国ではない』と訴えました。ところが、やはりそれ以上の説明に言葉を尽くしませんでした」

 ――「代替案はない。私を信じてほしい」と。

 「メルケル氏は熟考して危機への対処を決断しましたが、公開の議論を経ていません。それは公共圏を壊すことになる」

 「議会制民主主義では、実質的なテーマについて誰もが関心を持つような議論が必要です。政策のコストを明確に計算する必要があります。すべてを密室で行うことはできません。何が問題で、政府が何を考えているかを市民に伝えることが重要なのです。大多数の人に理解されるため、公共の場での議論や論争はとても重要なのです」

 ――メルケル氏は政党間の違いを薄めたとも指摘されます。

 「メルケル政権は、その前の社会民主党緑の党の連立政権から続いています。社民党のシュレーダー首相が社会民主主義新自由主義的な理論に適応させた『第三の道』を、経済政策では引き継いだわけです。メルケル政権の16年のうち、12年は社民党との大連立です」

 「選挙戦も公の議論の重要な場です。過去のコール対シュレーダー、シュレーダー対メルケルでは政策論争があった。ところが今年9月の総選挙は政党間の差が小さく、論争も活発ではなかった。メルケル氏は政党政治を壊してしまいました」

記事後半では、政策研究大学院大学教授の岩間陽子さんが、脱原発や難民受け入れを表明したメルケル氏について評します。

 ――様々な危機に対応したことも評価されていますが。

 「メルケル氏は緊急時の政治…

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