民意が実現すれば政治はうまくいくか 福沢諭吉の懸念 佐伯啓思さん

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異論のススメ・スペシャル

 かつて福沢諭吉は「文明論之概略」のなかで次のようなことを書いていた。近年の日本政府は十分な成果をあげていない。政府の役人も行政府の中心人物もきわめて優秀なのに政府は成果をあげられない。その原因はどこにあるのか。その理由は、政府は「多勢」の「衆論」、つまり大衆世論に従うほかないからだ。ある政策がまずいとわかっていても世論に従うほかない。役人もすぐに衆論に追従してしまう。衆論がどのように形成されるのかはよくわからないが、衆論の向かうところ天下に敵なしであり、それは一国の政策を左右する力をもっている。だから、行政がうまくいかないのは、政府の役人の罪というより衆論の罪であり、まず衆論の非を正すことこそが天下の急務である、と。

 さらに次のようにもいっている。衆論の非を多少なりとも正すことのできるのは学者であるが、今日の学者はその本分を忘れて世間を走り回り、役人に利用されて目前の利害にばかり関心をよせ、品格を失っているものもいる。学者たるもの、目前の問題よりも、将来を見通せる大きな文明論にたって衆論の方向を改めさせるべきである。政府を批判するよりも、衆論の非を改める方が大事である。

 書かれたのは1875(明治8)年だが、このような一節を読むと、150年ほどの年月を一気に飛び越してしまうような気にもなる。ここで福沢のいう「学者」を広い意味での知識人層、つまりマスメディア、ジャーナリズム、評論家まで含めて理解すれば、今日の知識人層にも耳の痛い話であろう。まだ民主主義などというものが明確な姿を現していない近代日本の端緒にあって、福沢は、多数を恃(たの)んで政治に影響を与える大衆世論のもつ力とその危険を十分に察知していたわけである。

首相は国民世論の支持を受けて選出されるべきなのか

 さて、現下の日本に目を向ければ、自民党の党首選の真っ最中である。一政党の党首選ではあるものの、ここでも世論が重要な役割を果たしている。候補者の国民的な支持率や人気度が間断なくメディアで報じられ、暗黙のうちに世論が選挙へ影響を及ぼしている。

 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に「死にかた論」など。思想誌「ひらく」の監修も務める。

 少なくとも総選挙後の国会召集時までは、自民党の党首は日本国首相となるのだから、確かに、国民世論が一政党の党首選に影響を与えることにも一理はあろう。また、当の候補者たちも自民党党員たちも明らかに世論を気にし、メディアの報道に関心を払っている。

 しかしそうであれば、ここに…

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