第3回「不愉快だから帰れ」憤る幹部 財務省が隠し続けたもの

「森友問題」を追う 記者たちが探った真実

聞き手・神田大介 構成・岸上渉
【動画】ザ・解説「森友学園公文書改ざん問題」とは
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「森友問題」を追う 記者たちが探った真実③

 森友学園への国有地売却問題を巡り、財務省が公文書を改ざんしていたことをつかんだ朝日新聞社会部の取材班。積み重ねた調査報道の成果を持って、相手の最終的な言い分を聞きに行くため、記者が財務省幹部に面会を申し込んだ。

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 相手は自分の部屋を持っているような幹部だった。その部屋で幹部と向かい合った記者は、取材結果を伝えた。

 「公文書のこの部分が、こう書き換えられていますよね」

 するとその幹部はこう返した。

 「誰がそんなことを言っているの? 何を根拠に言っているのかを示さない取材には答えない」

 ニュースソースを明かすよう迫った幹部。記者がそれを拒むと、最終的に幹部は記者にこう言った。

 「不愉快だから帰れ」

積み重ねた取材 「事実は固まった」

 そう言うと、自室の応接スペースからパソコンのある席に移り、何を聞いても答えなくなった。

 しかし、記者には報じるにあたってどうしても聞かなければならないことがあった。万が一、財務省側に、公文書を書き換えることに何らかの正当な理屈があると、状況が全く変わってくるからだ。その点は詰める必要があった。

 「答える筋合いはない」

 この点に関しても、幹部は回答を拒んだ。通常、官僚は言葉を尽くし、自分たちのやっていることがいかに正しいかを理論的に説明する人が多い。この幹部の場合、想定外の取材だったのか、どう反応していいか分からなかったのか、そうした経験則を覆す対応だった。

 面会に行く前に、書き換えの事実は揺るぎないという根拠を持ち合わせていた。有効な反論はなかった。事実は固まったと認定し、翌日の朝刊で報じることになった。

 2018年3月2日の朝刊1面。

 「森友文書 書き換えの疑い」

 取材班には、財務省がどう反応するのか、読めないところがあった。報道はおかしいと言ってくるのか、あるいは認めるのか。

 国会で質問された麻生太郎財務大臣は、この土地取引について市民団体の告発を受けた大阪地検が捜査をしていることを盾に、「捜査に関わるのでお答えできない」という趣旨の答弁を繰り返した。

 一方で、これを報じた朝日新聞に対して「朝日新聞が書いていることだから、事実かどうか分からない」といった発言をする情報番組の司会者もいた。それどころか、「そもそも朝日新聞の報道によって国会が混乱しているんだから、朝日はどうしてこの報道をしたのか根拠を示せ」といった論調もあった。

 財務省も認めない膠着(こうちゃく)状態が続くこと1週間。事態が動く。

 朝日新聞は文書がどういう風に書き換えられたのか詳報した。

 「森友文書 項目ごと消える」

 少しずつ削ったり書き換えたりしているのではなく、1項目丸々ないものにして、ページ数が変わるほどの書き換え方をしている、との内容だ。

「協力させていただく」 態度を変えた財務局

 そして国会審議当時は理財局長だった佐川宣寿国税庁長官が突然、その職を辞任した。ただ、書き換えを認めて辞めるのではなく、認める前に辞めるという異例の展開。「混乱の責任を取る」ということなのか、問題の公文書を国会に提出した当時の理財局長だというのが辞任の理由の一つとされた。

 財務省がようやく書き換えを認めたのは、その辞任劇から土日を挟んだ週明けのことだった。書き換えた文書は14件あり、安倍晋三首相の妻・昭恵氏の名前や、他の政治家の名前もあったが、全て削除したという内容だった。

 併せて、本当の取引がどうだったのか、取引の様子が記された書き換え前の文書の内容が出てきた。国会の答弁で捨てたと言っていた文書までその後に出てきて、取引の全容が分かってきた。

 その中身を見ると、異例の取引だったということがより鮮明になった。

 森友学園は当初、買い取りが大前提のはずの土地を、当面は借りてその後に買いたい、という依頼を財務省近畿財務局にしていた。財務局が難色を示すと、学園の籠池泰典理事長は「実は安倍昭恵さんをあの土地に案内し、昭恵さんから『いい土地ですから前に進めてください』と言われた」と財務局に説明した。籠池氏は財務局の担当者らに、その土地の前で籠池夫婦と昭恵氏が映っている写真も見せた。

 籠池氏の要求を受け入れていなかった財務局の態度がその後、「協力させていただく」と一転していた。異例の取引の始まりが何だったのか、明確になった。

 18年6月、財務省はなぜ公文書を改ざんしたのかという調査結果を公表した。改ざんは理財局長だった佐川氏が主導したもので、国会の紛糾を避けるためだったとし、20人を処分して、幕引きを図った。

 安倍氏は国会でかつて「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と答弁した。昭恵氏と一緒に撮った写真が出てきた途端、財務省が態度を変えたのは明らかにみえるが、その後の国会答弁で安倍氏はこう言った。

 「贈収賄では全くない。そういう文脈において全く関わっていないと申し上げている」

 つまり「私や妻が関係していたことになれば首相も国会議員も辞める」と国会で答弁したのは、「『贈収賄だったら辞める』という意味だったんだ」と主張する答弁だった。

      ◇

 当時、東京社会部のデスクとして、取材班を指揮していた羽根和人は、いまこう考えることがある。

 「今回の改ざんを、ジャーナリズム以外が表に出すことはできたのだろうか」

 土地取引を捜査をしていた大阪地検特捜部は、改ざんについても最終的に不起訴にした。捜査の内容はほぼ明らかにしていない。地検特捜部だけでは、改ざんは表に出ることにはならなかっただろう。国会でも野党が追及したが、改ざんを明らかにすることは出来なかった。会計検査院も改ざんを見抜くことはなかった。

 「改めて思ったのは、権力は都合の悪いことを隠すことがある、それを明らかにするのは、ジャーナリズムの役割だということ」

 それでも積み残された疑問はある。改ざんを主導したという佐川氏は、なぜ公文書を改ざんしなければならないと思ったのか。財務省だけで完結していたのか、どこかから改ざんを迫られるようなことがなかったのか。

 信頼されるべき公文書が改ざんされたことは重く、それがまかり通れば、国が好き勝手をできるようになってしまう、という恐れがある。

 改ざんの経緯について、自死した同省近畿財務局職員の赤木俊夫氏(当時54)が記したとされる「赤木ファイル」。これまで「存否も含め、答えは控える」としてきた国が一転して、今年5月6日にファイルの存在を認めた。財務省は一部をマスキング(黒塗り)した上で、6月23日にファイルを提出するとしている。

(肩書は当時)(聞き手・神田大介、構成・岸上渉)

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連載「森友問題」を追う 記者たちが探った真実(全3回)

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