第1回1本の電話、伏せられた売却価格 「森友」追跡の始まり

「森友問題」を追う 記者たちが探った真実

聞き手・神田大介 構成・岸上渉
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「森友問題」を追う 記者たちが探った真実①

【動画】ザ・解説「森友学園公文書改ざん問題」とは

 「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」。安倍晋三首相がそう言った学校法人「森友学園」への国有地売却問題と、その後に起きた財務省による公文書改ざんは、いずれも朝日新聞の調査報道で発覚した。一つ一つ事実を積み重ねてきた取材の経過を、取材班を取り仕切った東京社会部の羽根和人デスク(現・経営企画室長補佐)の証言から再現する。

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 大阪(伊丹)空港にほど近い大阪府豊中市。大阪社会部の記者が1人で駐在している朝日新聞豊中支局に、2016年の秋の夕方、1本の電話がかかってきた。

 「豊中市の国有地が、ある学校法人に売却されたが、財務省が価格を公表していない。それっておかしくないですか」

 女性の声でかかってきたこの「たれ込み」電話から全てが始まった。

 国有地は国民全員の財産だ。財務省は、国有地の売却価格は原則として公表すると定めている。電話を受けた記者は「これは何かおかしい」と感じ、すぐに取材を始めた。

 取材は、警察や行政などの公の機関が把握している情報を聞き出したり、調査している情報を入手したりすることが多い。ただ今回の土地取引問題の場合、公の機関の情報に頼るのではなく、自分たちで情報を集め、自分たちの責任で報じる必要がある。「調査報道」と呼ばれる取材手法だ。

 調査報道はまず、公開されているデータを集めるところから始まる。電話を受けた記者が最初に当たったのもネット上の情報だった。幾つかホームページを調べてすぐに分かったことは大きく言って三つ。①その土地は森友学園というところに売却された②学園はそこに小学校を建設しようとしている③その小学校の名誉校長には、安倍首相の妻、安倍昭恵氏が就いている――ということだった。

 次に、財務省が公表している土地の売却価格の一覧を見た。他の土地は全て金額が書かれているのに、この土地の価格の欄は横1本の棒で、数字が記入されていなかった。

 説明を聞こうと、売却の窓口となった財務省近畿財務局に当たった。しかし担当者はこう言うだけだった。

 「そこは公表できません、学園側の要望です」

 記者にはある疑問が浮かんだ。

「答えられません」 答えの中につかんだ感触

 「学園が公表しないでくださいと要望したら、非公表にできるのか」

 そこで、他の国有地を買い取った複数の機関に、購入価格を非公表にできるのかを聞いてみた。すると、返ってきた答えは「当然、公表しますね、と言われた」「公表するのが当たり前じゃないですか」だった。

 そもそも、幾らで土地を買ったのかはあまり知ってもらいたい情報ではない。だから、非公表でいいなら当然公表しないということになる。非公表になっているのは異例のことなのではないか。実際の価格はいくらだったのか。

 関係者への取材を続けていくと、隣の同じくらいの広さの土地を豊中市が買っていたことが分かった。市に取材すると、その土地は14億2300万円だったという。また、別の学校法人がこの国有地を買おうとしていたことも分かった。その学校法人は取材に、「数億で売ってくれ、と言ったところ、それじゃ安すぎるといって成立しなかった」と明かした。

 これで金額の相場観はつかめてきた。

 そこで、法務局でこの国有地の不動産登記簿謄本を取得してみた。見慣れない記述をみつけた。

 「買い戻し特約 1億3400万円」

 これはなんだろう。不動産業界をよく知る関係者に取材してみると、それは売買の価格と同じということが多い。国側がその土地を買い戻さなければならなくなったときの金額を事前に決めたもので、売買の代金と同じというのが基本とのことだった。

 つまり、あの土地の売却価格は1億3400万円。隣の同じくらいの広さの国有地が14億円なのに。そうした取引の姿がおぼろげながら見えてきた。

 ただ、報道するにはその金額だと断定する必要がある。

 もう一度、記者は近畿財務局にアポイントをとって赴き、担当者に尋ねた。

 「価格が非公開なのはおかしい。売却価格は幾らですか」

 担当職員からは「森友学園から公表の同意が得られなかった。経営上の問題があると言われたんです」という答えが返ってきた。

 そこで、「なぜ売却価格の公表が経営の問題になるんですか」と問うた。しかし、「その理由は答えられない」の一点張りだった。

 何とかして価格を知りたい。不動産登記簿に書かれた「買い戻し特約」の金額を示して、こうぶつけた。

 「こういう記載があります。売却価格はこの1億3400万円じゃないですか」

 職員の答えはこうだった。

 「はいはい。そういう記載があるとは知っていますが、答えられません」

籠池氏へ直接取材 意外な展開

 新聞記者の世界には、「勘取り」という言葉がある。自分が取材で得た情報を、当事者や担当の当局にぶつけて、その反応を見て事実かどうか感触をつかむ手法のことだ。その財務局の担当者の反応で、この記者は「おそらく間違いないだろう」という感触を得た。

 しかし、まだ100%確定ではない。財務局以外にも、取引価格を把握している当事者がいる。

 森友学園だ。

 学園に電話で籠池泰典理事長へのアポイントを申し込んだところ、電話を取り次いだ職員は、「悪く書かれるので、朝日新聞さんの取材は結構です。理事長は忙しいので、時間はとれません」と拒否した。

 価格を確認するための残された手段として、近畿財務局に情報公開請求した。

 当局への情報公開請求では、その公文書が存在しない場合もあれば、全て公開されることもあるし、一部が黒塗りになって出てくることもある。森友に関する場合、請求してから出てくるのに長期間待たされた、ということもあった。今回の土地取引についての場合、文書は出てきたが、価格の部分はやはり黒塗りだった。

 残された最後の手段として、もう一度、籠池氏に直接取材を試みることにした。以前にアポを断られていたので、籠池氏がいるはずの幼稚園に記者が直接行って、会ってほしいと頼んだ。

 すると、ちょうどそのとき籠池氏は在園していた。意外にもすんなり、園長室に通された。

 記者「価格は1億3400万円じゃないですか」

 籠池氏「そうそう。別に公表しても構わない」

 記者「非公表にして欲しいと財務省に強く言ったんじゃないんですか」

 籠池氏「いや強くじゃないよ。普通に。別にそんなん公表してもらわんでもいいんじゃないの、という程度です」

 本当に籠池氏が強く言ったから財務局は非公表にしたのか、それとも別の理由があるのか。そこにはまだ疑問が残るものの、これで金額は確定した。

 2017年2月9日、朝日新聞(大阪本社最終版)にこんな見出しの記事が掲載された。

 「国有地の売却額非公表 価格、近隣地の1割か」

 森友学園問題はこの記事が発端となり、安倍氏が国会で追及を受けることになった。

      ◇

 「この問題の本質は行政の公平性にある」と羽根は言う。本来、行政は平等公平であるべきなのに、権力者の周りにいる人だけ良い目をしているのではないか。優遇され、特別扱いされているのではないか。そうなると日本の民主主義がおかしくなってしまう。そうした問題意識が根底にある。

 「非公表」は、ネットでも探せば分かった情報だ。ネットには膨大な情報が公開されている一方、実はそういう情報があるということを把握することは難しい。羽根は「ネットの膨大な情報から必要な情報を探し出し、適切に報じることも、いまのジャーナリズムの役割と思う」と振り返る。

 「価格が近隣の1割か」という記事の根幹部分は、朝日新聞の調査報道がなければ表に出なかった。

 「公文書は国民共有の財産」と法律にもうたわれている。行政の透明性を確保する上で、公文書はできる限り開かれたものでなければならない。行政の説明責任そのものだ。

 「日本が民主主義国家の先進国だ、というのなら、それにふさわしい政治、行政でなければいけない」

(肩書は当時)(聞き手・神田大介、構成・岸上渉)

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連載「森友問題」を追う 記者たちが探った真実(全3回)

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