精子提供、ネットで広がり 「子が欲しい」に法律は今

ニュース4U

小林太一 杉浦奈実 波多野大介
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 ツイッターで知り合った男性から精子提供を受けて出産したという30代女性から、暮らしの悩みや疑問を募って取材する#ニュース4Uに投稿があった。「男性が学歴や国籍を偽っていた」。ネット上には「精子ドナー」を名乗るSNSアカウントが多数あるが、医療機関を介さない精子提供に危険はないのか。その実態や背景に迫った。

 取材班は6月上旬、この女性に会って話を聞いた。

苦しんだ不妊治療の末に

 女性は長男を出産してから10年以上が過ぎ、不妊治療に苦しんだ末、夫に内緒で精子提供を申し込んだという。ツイッターでのやり取りなどから、ドナーの男性が「京都大学卒」と女性は思った。女性の夫も東京の国立大卒で、ドナーの男性と血液型も同じ。「夫に近い男性」という希望にかなう相手だったという。

 男性と直接会って精子の提供を受け、昨夏に妊娠した。しかし、妊娠後も連絡を取り合ううち、男性が卒業したのは、地方の国立大だと知ったという。中国から留学で日本に来たことも後から知った。すでに妊娠5カ月で中絶は難しく、今年2月に出産した。

 女性は「正直に伝えられていたら提供を申し込むことは100%なかった」と話し、望まない形での出産になったことを後悔する一方で、「悪質なドナーを規制する法律が必要だ」と訴えている。

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 取材班は、ドナーの男性にも会って事情を聴いた。

 大手企業に勤務する20代。不妊の夫婦の役に立ちたいと思ってドナーを始めたばかりだという男性は「女性にどこの大学なのかと聞かれ、『国立大』『京都方面の大学』と答えた」などと訴えた。その上で、「だますつもりはなかったが、将来、生まれた子どもが『自分の父親が知りたい』となったら困ると思ったので、個人情報を明かしたくなかった。こんなトラブルになるなら、精子提供は二度としない」と語った。   

精子の「質」競う書き込み

 身長182センチ、二重まぶた、髪質ストレート、細マッチョ、非喫煙、大学院卒、精子濃度1ミリリットル中4500万個……。

 ツイッターで「精子提供」と検索をすると、ドナーを称する数十ものアカウントが出てくる。容姿の特徴や学歴、精子の「品質」などが競うように書かれている。

 多くは無償提供で、針の無い注射筒を使う「シリンジ法」と、排卵期に合わせて性行為をする「タイミング法」を依頼者が選べるようにしている。

 複数のドナーの男性によると、依頼は不妊に悩む夫婦のほか、性的少数者や未婚のまま母親になる「選択的シングルマザー」からあるという。

 都内在住の30代で慶応大卒だという精子ドナーの男性にツイッターのダイレクトメッセージを送って対面取材を求めると、「新型コロナウイルスで外出を控えている」との理由で、スマートフォンアプリのビデオ通話で話すことになった。

 男性によると、ドナーを始めたきっかけは3年前。レズビアン(女性同性愛者)の友人に頼まれて精子を提供し、無事出産した。友人は大喜びで、「そこまで喜んでもらえるなら」と、無償で精子提供を始めたという。

 出産につながったケースが多数あるという男性に「どんな気持ちなのか」と聞くと、「DNA的には自分の子だが、あくまで育てている方の子という認識で、自分の子という感覚はあまりない」と答えた。

マッチングサイトは「最後のよりどころ」

 ドナーと提供希望者をつなぐマッチングサイトもある。その一つ「ベイビープラチナパートナー」には、全国各地、20~50代の約200人がドナー登録をしている。ドナー登録料として3万円を支払い、プロフィルを掲載。提供希望者が条件に合うドナーを選び、直接連絡を取り合うシステムで、運営者は取引には関与していないという。

 自身も「精子ドナー」の経験があるという運営者の40代男性は「日本では精子提供のサポートが進んでおらず、(サイトが)子どもがほしくて困っている人の最後のよりどころになっている」と自負する。

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 ネット上での精子の個人間取引について、法的な側面から問題点を指摘する声もある。

 人工生殖による親子関係に詳しい若松陽子弁護士(大阪弁護士会)は「提供に合意した人から精子を受け取る時、本当にその人のものかどうか証明できるのか。悪意が潜むリスクは絶えず生じる。しかし、家族の形が多様化し、SNSを使った精子提供は明確な法規制がなければ、子どもを得る手段として広がりは止まらないだろう」と話す。

 民法は親子関係を定めているが、精子提供については想定しておらず、子どもの親権や扶養義務を巡るトラブルなどが起きることも考えられる。

 若松弁護士は、「妻が夫の同意なく第三者(ドナー)から精子提供を受けて出産した場合、生まれた子と夫、ドナーの関係や権利義務など不明な点が多く、人工生殖による親子関係について法律で定める必要がある」と指摘する。

感染症や遺伝疾患…ぬぐえない懸念

 医学的な側面からも懸念する声は上がる。

 非配偶者間(第三者から)の人工授精(AID)を手がける慶応大学病院(東京)の産婦人科の田中守教授は「感染症や遺伝疾患などの懸念がぬぐえない」と指摘する。

 慶大病院ではドナーの感染症が後から発覚する場合もあるため、精子を6カ月以上も冷凍保存して使用してきたといい、「検査後すぐにわからない病気もある。『生』で使えば安全の保証はない」と話す。  

 精子の個人間取引が増える背景にはAIDを手がける医療機関の減少もある。

 日本産科婦人科学会によると、国内でAID登録をしている医療施設は12カ所(今年5月末時点)。2017年はAIDが3790件行われ、115人が誕生した。出産確率は約3%にとどまる。

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 朝日新聞が全12施設に問い合わせたところ、「AIDを実施している」と答えたのは7施設で、そのうち2施設は新規受け入れを停止していた。

 その一つが慶大病院。2016年のAID実施件数は1952件で、国内全体のAIDの半数を占めた。しかし、翌17年にその数が大きく減り始める。

対象が限られるAID

 それまで慶大病院が非公開としてきたドナーの個人情報について、子どもが情報の開示を求めて訴えた場合、裁判所から開示を命じられる可能性があるとの内容をドナーの同意書に明記したためだ。

 海外で子どもが遺伝上の親の情報(出自)を知る権利を認める国がある状況を踏まえたものだったが、個人情報が公表され、子どもへの扶養義務がドナーに生じる可能性を否定できない懸念からドナーが減少。18年に提供希望の夫婦の新規受け入れを中止せざるを得なくなったという。

 田中教授は「AIDは本当に子どもをほしい人が、子どもを産む手段。少子化が叫ばれる中、ゆゆしき状態だ」と話す。

 AIDは日本では産科婦人科学会の規定で無精子症の夫婦に限られ、選択的シングルマザーや性的少数者は受けられない。医療機関の不妊治療には、体外で卵子と精子を受精させて子宮内に戻す「体外受精」や「顕微授精」もあるが、そもそも精子が必要だ。

 米国や欧州の一部では、民間の精子バンクが提供活動を広げているが、日本では精子バンクの営業は認められていない。厚生労働省はAIDの対象拡大や、ネット上で精子がやり取りされている現状についても、厚労省は「特に見解などはない」としている。

安全な精子提供、「早く環境作りを」

 だが、日本国内の環境整備の進展を待たず、それぞれの事情から、いま精子を必要とする人たちがいる。

 漫画家の華京院レイさん(35)は、自身を男性とも女性とも思わない「Xジェンダー」で、男女どちらにも恋愛感情や性的欲求も無い「無性愛者」。結婚して出産することに違和感があった。でも子どもはほしい。どうすればいいのかと悩み、養子縁組で子どもを育てることも考えたが、未婚のまま子を産む方法として、悩んだ末にたどり着いたのが「精子提供」を受けての出産だった。

 4年前に米国の精子バンクを利用して第1子を出産した。ネットで個人間で精子提供を受けることも考えたが、性行為での提供を持ちかける人もいて不信感を持った。日本には安心して使える精子バンクがないと感じ、海外のバンクを利用することに。費用は2回分で約50万円(送料込み)かかったという。

 現在、第2子を妊活中。同じ米国のバンクを利用したが成功せず、欧州のバンクを利用しているという。

 「自分だけ特殊な生まれ方をしたと子どもに思わせたくない」と話す華京院さん。「子どもの人権を守るためにも、安全なドナーから精子提供を受けられる環境を早急に整備してほしい」と願っている。(小林太一、杉浦奈実、波多野大介)

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