何度も思った「父がいれば」 戦死の島、ようやく出た涙

有料記事戦後75年特集

山本恭介 石川春菜
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 戦後75年の終戦の日、東京・日本武道館で開催の全国戦没者追悼式新型コロナウイルスの感染拡大で式典の規模は縮小されたが、変わらぬ平和への思いや不戦の誓いを胸に遺族らが集った。

進む遺族の高齢化

 追悼の辞を述べる静岡県遺族会長の杉山英夫さん(82)のもとには、新型コロナの影響で参列できない遺族から「私たちの分まで慰霊をお願いします」との電話や手紙が寄せられた。「参列できなかった人たちの思いも込め、戦没者に聞こえるくらい大きな声で慰霊をする」と意気込んだ。

 梨農園を営む父甚作さんに召集令状が届いたのは1943年。「あぁ来ちゃったな」。父はそう言った。

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 すぐ帰ってくるはず。だが…

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