「ブラック企業」に「黒人差別」の指摘 どう思いますか

藤えりか
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 働き手にとって問題のある会社を「ブラック企業」と呼ぶことに、異論が出ています。悪質な職場を分かりやすく共有・追及する上で役割を果たしてきた言葉ですが、黒人(Black)などから不快に受け止める声が上がっており、意図はなくても差別を助長しかねないとの指摘も出ています。

日本在住の黒人「悲しい」

 米ニューヨークから2004年に日本に移住したアフリカ系米国人の作家バイエ・マクニールさん(54)は、08~09年ごろ、「ブラック企業」という言葉を初めて聞いた。

 「最初は意味がわからなかった」。英語で「ブラックビジネス」といえば、黒人社会のために黒人などが営む事業を表す。しかし日本では、長時間労働や賃金未払い、ハラスメントなどで働き手を追い込む「違法で悪質な企業」を指す言葉に「ブラック」が冠されていると知り、悲嘆した。

 その後も相次ぐ過労自殺などで労働問題への注目が高まるなか、「ブラック企業」という言葉を耳にする機会は年々増えていき、逆に良い会社を「ホワイト企業」と呼ぶ動きも出てきた。こうした「黒=悪」「白=善」というイメージの新しい造語が広がることに、マクニールさんら日本在住の黒人などで作るフェイスブックのグループでも、疑問の声が上がっているという。

 マクニールさんは言う。「ブラックという言葉は、黒人差別に使われてきた経緯もある。もちろん英語にも『ブラックリスト』などの否定的な表現はあり、だからこそ私たちは言葉のイメージを変えようと努力しているのに、日本では逆の状況が起きて悲しい。日本人以外は日本語を解さない、と思われている表れかもしれない」

「黒=悪」の新たな造語せぬ米国 「美白」やめる動きも

 米国の大学で教えたこともある桃山学院大学の尾鍋智子・国際教養学部准教授(比較思想)は「公民権運動を経た米国などでは、当時の標語『ブラック・イズ・ビューティフル』が歯止めとなり、黒を悪く表す新たな造語はしない配慮がある。日本語も、外来語として英語を借用するからには責任がある。日本で生まれ育ったり働いたりする黒人も増える中、無神経な和製英語は見直すべきだ」と話す。

 かつて日本では、風俗業界の特殊浴場を指す言葉として「トルコ風呂」という造語が定着していたが、トルコ人留学生が1984年、「変なイメージを持たれて不愉快」と政治家などに訴え、改称された。

 最近は米国で起きた黒人暴行死事件などを機に、人種差別につながる社会行動への反発が高まり、欧米の化粧品大手が、スキンケア商品やブランド名から「美白」にあたる文言を外す動きも出ている。

労働問題の解消に役割、メディアも使用

 「ブラック企業」が、悪質な働かせ方をする企業を指す言葉として広く使われるようになったのは00年代後半。若者がネット上で使い始めたのが最初とされる。ネット掲示板「2ちゃんねる」発の書籍「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」も映画化。その後、ブラック研修やブラックバイト、ブラック上司、ブラックインターンシップなど応用形も増え、派生して「あの会社はブラックだ」などと「ブラック」だけで劣悪さを表す形容詞としても使われるようになった。13年には、新語・流行語大賞のトップ10に選ばれた。

 職場ごとに問題の類型は違っても、そうした職場に共通する体質を一言で表したことで、問題解消に向けた機運や働き手の権利意識を高める役割も果たしてきた。メディアも使ってきた。たとえば朝日新聞東京本社発行版の記事には、流行語大賞トップ10に選ばれた13年から今年7月下旬までに、「ブラック企業」は700回近く登場している(固有名詞や投書欄などを含む)。広辞苑にも、18年刊行の第7版に初収録された。

 この言葉を使って労働運動に取り組んできた人たちは、指摘をどう受け止めるのか。劣悪な企業を12年から選出・発表してきた「ブラック企業大賞」の実行委員の一人、河添誠さんは「日本の『黒』『ブラック』という言葉には、黒人差別的な社会的・政治的文脈はない。それに『腹黒い』などの(黒を否定的に使う)日本語も全て変更しないと一貫性がない」と話す。

 同賞は英語では、チラシや授賞式会場で「ブラック・コーポレーション・アワード」と直訳表記を使う傍ら、公式には「“Most Evil Corporation of the Year” Award(その年最も悪質だった企業大賞)」と、ブラックを使わず表記している。だが、日本語の表記を変更する予定はないという。

 著書「ブラック企業」があり、新語・流行語大賞の受賞者にもなったNPO「POSSE」の今野晴貴代表は「差別の議論の仕方として複雑で、簡単に一言ではコメントできない」と話した。

 一方、外国人労働者らを支援するNPO「移住者と連帯する全国ネットワーク」の鳥井一平代表理事は、すでに13年から異論を唱えている。「『ブラック』『黒』に悪いレッテルを貼るのは、使う側の意思にかかわらず差別を拡大しかねず、やめた方がいい。批判すると運動に水を差すかのように思う人もいるが、『問題企業』と表現してはだめなのか」と語る。

「『問題企業』ではダメなのか」

 以前、産業廃棄物処理場で働くガーナ人男性が、「夜に黒人が歩くと怖い」との近所からの苦情で残業ができなくなったこともあったという。「日本でも差別や偏見は続いている。差別をめぐる問題は都度ブレーキをかけて立ち止まり考え、受け止めていかなきゃいけない」

〈記者の視点〉立ち止まり、考えてみませんか

 「ブラック企業」という表現に黒人の方々が心を痛めていると初めて知ったのは1年以上前のことだ。以前駐在していた米国で人種差別問題を何度も取材し、人権をめぐる表現には敏感なつもりでいたのに、なぜ思い至らなかったのか。ハッとし、猛省した。

 この言葉を使う方々の多くは、劣悪な環境に置かれた働き手を救おうと闘ってきた。でも、その一方で、別の誰かが「踏みつけられている」と感じているなら、見直す必要はないのだろうか。例えば、自分のアイデンティティーを示す名前などが悪い意味の言葉に使われ、「悪気はない」と言われたら?

 「言葉狩りだ」と反論する人もいる。だが、移住連の鳥井代表理事は「差別の糾弾は言葉から。そこにどんな意味があるのか、使う側はブレーキをかけて考えなきゃいけない」と話した。単純な是か非かの議論を超えて、みなさんも立ち止まって、考えてみませんか。藤えりか

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