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2012年7月30日10時37分

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〈仕事のビタミン〉飯島彰己・三井物産社長:2

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飯島彰己(いいじま・まさみ)1950年生まれ、神奈川県出身。横浜国大を卒業後、74年三井物産入社。金属・エネルギー総括部長、鉄鋼原料・非鉄金属本部長を経て、09年から社長。経営企画などの経験はなく、金属畑からトップに。竹谷俊之撮影

■君は迎合しているに過ぎない

 「君はお客様と仲良くしているが、ただ迎合しているに過ぎない。このままでは君は成長できないよ」

 入社して最初の配属先は大阪でした。さまざまなことを経験し勉強しましたが、入社5年目に大阪から東京に転勤する送別会で、上司から忘れられない「贈る言葉」をいただきました。

 その上司は続けました。「言うべきことを言うのがお客様のため、ひいては三井物産のためになる」

 この贈る言葉は衝撃的でした。しかし、ものすごく効きました。私は相手の気持ちに敏感なようでいて、誠実な対応をしてこなかったことを思い知らされたからです。

 コミュニケーションとは、お客様の話を傾聴し、世の中の変化を捉え、時代や市場のニーズをくみ取り、さまざまなことを想像して自分の考えをまとめ、伝えることだと思います。そこから新しい創造が生まれてくる。言うのは簡単ですが、実際にこれをやっていくのは生半可なことでありません。

 生半可でない理由は、常に自分を磨き、真剣に情報を集め、相手が求めているものは何かを限界まで考えて話をすることが求められるからです。もちろん、礼を失してはいけません。「言い方」は大事です。

 考え抜かずにものをいうよりは、迎合のほうがまだましでしょう。お客様にどう役に立てるかを一生懸命考えないことはもちろん、ましてや、一方的に自分の考えや立場を押しつけたり、興味本位でものを言ったりすることは、いくら「言い方」を工夫しても、失礼だと思います。

 大切なのは、相手にとってどう役立ち、いかなるニーズに応えているかを真剣に考えるという立ち位置です。どうプレゼンテーションするかは、もちろん大事です。しかし、相手にとって喜ばれる仕事になるかどうかの本質は、この立ち位置にあるということを「贈る言葉」から学びました。

 また、入社9年目のことですが、部下に仕事を引き継いで海外出張に出た時のことです。その部下が上司に出張期間中の引き継ぎ書をみせたところ、「そんなことは聞いていない。『ホウ・レン・ソウ』が全くできていない」と鋭く指摘をうけたことがあります。

 「ホウ・レン・ソウ」というのは、報告・連絡・相談のことです。その仕事でも許可されたリスクの範囲で利益を上げていました。しかし、「利益を上げていれば良い」という考えでなく、上司や組織に自分の仕事をしっかりと理解してもらい、組織としての知恵を集めて仕事に取り組むことが重要だと、身をもって知る機会となりました。

◆ロンドン駐在時代の体験

 英国駐在時代には、さまざまなトラブルに遭遇しました。

 鉄くずの商売で、旧東ドイツのロストック港に、韓国のお客様と船積みに立ち会うために出張しました。ところが、チャーターした船はポーランドのグダニスクから一向に来ません。

 3日間待ちましたが、その船は、船名も変えられて売り飛ばされてしまいました。幸いにして、その後、仲裁を経て損害を補填(ほてん)出来ましたが「まさかということも、起きることがある」と痛感しました。その他、スペイン、ロシアなどで買い付けた商品が第三者に転売されたことなど、トラブルは枚挙にいとまがありません。

 その都度、上司からはどんな困難があっても挑戦し続けることの大切さを教えられると同時に励まされました。商売にかかわるリスクは、通常起こりえない想定外のことも含めて、想像力を働かせ、臨機応変の対応が必要である。それがこの体験から得た教訓です。

◆人材主義の意味

 入社して現場でさまざまな経験を積み、上司の背中や言葉から多くの気づきを得ていく、それが三井物産の人材育成の基本です。

 私自身、三井物産での生活を振り返ってみると、様々な上司、仲間に恵まれ、色々なことを経験し、様々な挑戦をすることができましたし、これからもできると思います。それは当社が創業以来、大切にしてきている理念の一つである「人材主義」に基づくものであると思います。

 大きな設備を持たない当社にとって、最大の資産は人であり、人材育成が最も大事な当社の投資だとも考えています。人さえ徹底的に鍛えておけば、どんな時代でも社会のニーズに応え、世の中に役立つ仕事をつくっていくことができ、三井物産は進化し続けることができます。

 失敗の原因は自分にあると受け止め、改善できる人こそが、会社にとって必要な人材です。失敗、トラブルを受けての上司の率直な一言やアドバイスが、自分にとって生きていると思います。逆に失敗を環境のせいにしたり、そこから逃げたりすれば、成長の機会はどんどん失われていくのです。

 ビジネスではいろいろと失敗を重ねることがあります。しかし、ビジネスマンはそれを経験知として昇華させ、形式知として後輩の指導にも役立たせることが出来るかが問われるのです。

 一生忘れられない「贈る言葉」をプレゼントしてくれた大阪の上司も、そんなビジネスマンの一人だったと思います。(聞き手・鳴澤大、古屋聡一)

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