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2012年6月22日10時53分

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〈仕事のビタミン〉長島徹・帝人会長:1

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長島徹(ながしま・とおる)1943年生まれ。名古屋工業大工学部繊維工学科を卒業後、65年帝人入社。高い強度や耐性を持つアラミド繊維「テクノーラ」の事業部長などを務め、主力製品に育てた。01年社長、08年から会長。経済同友会副代表幹事。高山顕治撮影

■「ことづくり」で世界と競う

 皇居の周りを多くの人たちが走っています。私も走ろうかと思い立ち、ランニングシューズを買うために夕方、銀座にある有名ブランドのシューズショップを訪れました。すると、女性たちがぞくぞくと店に入ってくる。何だろうと思っていると、店内の更衣室で着替え、そのショップのトレーナーと一緒に走りだした。これこそが、私がこれからご紹介する「ことづくり」です。

 良いシューズをつくって売るだけにとどまらず、クラブへの入会を勧めて囲い込み、市民ランナーたちのコミュニケーションの場をつくる。そして、それにより次もそのブランドのシューズを買ってくれる。顧客が本当に求めている商品は何か。その商品を使ってやってみたいことは何か。徹底してマーケットの視点に立ち、顧客に喜びや感動を与えること、それが「ことづくり」です。

◆複雑な機能は必要か

 世の中のほとんどすべては、「物事」という概念の中に収まります。日本は、物事のうち「ものづくり」が得意。最先端の製品を国内外に売り、成長してきました。しかし、市場はいま、先進国だけでなく、新興国に広がっています。新興国の一般消費者は、先端技術による複雑な機能を備えた高級品を高く買ってくれるわけではありません。そのような高い機能は、そもそも必要ないのかもしれません。

 例えば、インドの一般家庭には、静かでマイナスイオンが出る扇風機は必要ありません。むしろ、ブンブンと音がして、ビュービューと冷たい風が出る方がいい。何が必要とされているかは、その国の風土や文化、生活習慣によって違います。グローバル市場で競争に勝つためには、そこで生活し、相手の身になって開発することが求められます。

 帝人の東京本社には、未来へとつながる最先端の技術や製品を紹介する「未来スタジオ」があります。これは単なるショールームではありません。新技術をお客様に直接見ていただき、どんなことに興味があるのかをうかがい、一緒になって新たな価値のあるものを開発する。そんな場です。

 技術者は最先端の技術を追求しますが、ものを売るには、お客様が何を欲しているのかなどの情報が必要です。そのため帝人では、私が社長であった時から、技術最高責任者とマーケティング最高責任者が定期的に会合を持ち、開発テーマを見直す仕組みにしています。

◆「ことづくり」に優れたスティーブ・ジョブズ

 私は、経済同友会で2010〜11年度に「もの・ことづくり委員会」の委員長を務めました。前身である「新時代のものづくり基盤委員会」で2007年度に委員長を務めたのですが、桜井正光代表幹事(当時)に「もう一度、ものづくりの委員会をやってほしい」と頼まれたのです。ただ、私は従来の「ものづくり」には限界があり、日本企業が世界で勝ち抜くには「ことづくり」が必要だろうと感じていました。そこで「もの・ことづくり委員会」として復活させ、提言をまとめました。

 日本の社会は、とかくタテ方向で考えがちです。深掘り、縦割り、自前主義といった具合で、技術を究める匠(たくみ)の世界もそうです。ところが、ヨコから見たらどうでしょう。俯瞰(ふかん)、協調、オープン。「ものづくり」を深めるタテの視点に、ヨコ方向の「ことづくり」の視点を加え、T字形にバランスさせる。そこに日本経済の行き詰まりを打開する突破口があるような気がします。

 米ゼネラル・エレクトリック(GE)は、航空機のエンジンを売り切りではなく、リース契約にしているそうです。飛行距離に応じて代金を受け取る形で、航空機が飛んでいる限り収入を得られる。この目に見えないビジネスモデルが「ことづくり」です。

 ただ、日本人は金もうけが上手ではありません。DNAに組み込まれているのではないかと思うほどです。匠の技で新製品を開発しますが、それをどう売るかまでの戦略を描いていない。ものづくり一辺倒の考えから脱却し、ビジネスのモデルやデザイン、ストーリー、戦略を考えないと、世界で競うことが難しくなっています。

 米アップルのスティーブ・ジョブズさんは、この上なく「ことづくり」に優れた、世界でもまれな経営者でした。また、ソニーの創業者の一人、盛田昭夫さんも「ことづくり」にたけた方です。携帯音楽プレーヤーの代名詞となった「ウォークマン」は、まさに「ことづくり」から生まれたと言っていいでしょう。喜びや感動を与えるにはどんな製品が必要なのか。物事を俯瞰的に考えられるプロデューサー型人材の育成が必要だと考えています。

(聞き手・経済部 永田稔)

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