■社員4人とダーツの旅
西日本を爆弾低気圧が通過した4月3日、私は新入社員4人と姫路駅にいました。視線の先には、東京行きの新幹線の運行停止を告げる電光掲示板。「運転再開のめどは立たない」という駅員のアナウンスも響き、大勢の人が立ち往生していました。
「どうしましょう」とつぶやく新入社員。傍らで私はちょっぴり「しめた」と思っていました。
◇
時計の針を1日巻き戻しましょう。
前日の4月2日は入社式でした。今年は男女2人ずつ。辞令に引き続き、私は新人にダーツの矢を手渡しました。日本地図を広げて、さあ投げて!
「社長と行くダーツの旅」。これが今年の新人研修でした。
就職氷河期のせいか、若者は新しい組織に入るにあたって先入観を持たれることを恐れ、どこか慎重な社会になっている気がします。でも、会社の入り口に立って、ブラシで自分の個性をパッパッと払い落としてから入るようなことはして欲しくない。
それから、会社では上司や先輩を怖がる必要がありません。でもこれも、年上と話した経験が少ない若者が増えてきている。
私は、親戚や近所のおじさんにもみくちゃにされて育ちました。それは、「おじさん嫌だ!」などと率直にぶつけられる環境で、おかげさまで「年上」に対して免疫力をつけることができました。それが社会に出て、仕事の幅を広げました。
その辺を考えると、どうもネクタイ姿で座学というのとは違う研修が必要だと思ってきました。
そうだ、まず一番最初に、社長と友達になったらどうかなと。それで、1泊2日、私とみっちり過ごす研修を思いつきました。
で、ダーツです。
男子2人の矢は海へポチャリ。沖縄を狙った3人目が射止めたのが兵庫県北部の但馬。但馬牛で有名な土地に、行き先が決まりました。
すぐに出発。新人4人にはあらかじめ軽装で出社し、リュックサックにパジャマとタオルを持ってくるよう伝えてありました。スマートフォンを使いながら、目的地を目指しました。思ったより遠い。新幹線と電車を乗り継いで最寄り駅へ行き、さらにレンタカーで2時間。コンビニがない田舎道を行きました。
一応研修なので、道すがら、協調性とかリサーチ能力とか行動力について語り合います。でも当然、話はお互いの入社動機や学生時代の思い出にも広がりました。私も起業した理由やどんな学生生活を送ったかを聞かれました。目的地に着くころにはお互いにかなりうち解けていました。
着いてみると、思ったより田舎でした。宿はキャンプ用のロッジを見つけました。季節はずれなので貸し切り状態。管理人もけげんな顔です。せっかくなので但馬牛を調達し、炭火をおこしてバーベキュー。きゃっきゃ言いながらアウトドアを楽しみ、翌日は近くの温泉につかって帰京の途につきました。
そこへ、爆弾低気圧がやってきました。
◇
姫路駅で新人の顔を見ながら、私は「こういうときは帰るのを優先しなくてはいけない。大事な仕事があることもある」と社会人の心得を説きました。
でも、情報を真に受けて待っているだけでは帰れないぞ。情報は正確とは限らない。観察力を豊かにしよう――と続けます。
よく見ると、改札を入っていく人たちがいる。全面停止だけど、ホームには入れるようでした。「確かに新幹線は運行を見合わせているみたいだけど、JRは様子を見て少しずつ動かすだろう。ホームで待っていた方が有利な可能性が高い」
私たちは持っていた回数券を使って中に入りました。
案の定、ホームに着くとするすると新幹線が入ってきました。「えっ?」と驚く新人たち。「でも、指定席は売り切れだというし、座れませんよね」と1人が言いました。
そんなことはない、よく見てみろ。電光掲示板は、この新幹線を午後2時半発と示しています。でも、今は4時半。すでに2時間遅れです。
車両には大量に空いているブロックがありました。きっと団体のキャンセル。「いいから座っちゃえ」と、乗り込みました。
一応、車掌に指定席券を買えるかたずねましたが、「グリーンまでいっぱい」とのこと。新人は再び顔を曇らせましたが、まぁ座ろうよと。状況が状況。座って待ってて、もし本来の席の主が来たら、謝って立てばいいのです。結局、その新幹線は1時間後に出発しましたが、東京まで席の主は現れませんでした。
ね、情報が正確とは限らない。
◇
商売をやっていると、行動力と決断力が大事になる。それを、新人に直接感じてもらえたのは、研修の思わぬ収穫でした。ま、「パパかっこいい」みたいな視線がちょっと気持ちよかったというのもあるけれど。
実は、旅行中、1時間に1回ぐらいスマートフォンで写真を撮って会社に送っていました。「新幹線乗るぞ」とか、「到着したぞ」とか、「飯食うぞ」とか。会社では社員たちが笑いながらそれを見ていました。帰ったら新人たちはすっかり有名人で、みんな親しげに話しかけてきた。
これも大きな成果です。
私は会社を常連だらけのバーのような場所にしたくない。雰囲気が良いから扉を開けたのに、常連がぎょろっとこっちを見てくるバー。入りたくなくなるでしょ。会社で最も避けたい差別は、前からいるかどうかの差別です。
だから新しい人の前で、昔話や過去の成功体験を語り明かしたりするな。常に未来の話を、可能性の話をしよう、と言っています。社員も、そういう部分を大事にしてくれている。
新人4人はやる気に燃えています。失敗を恐れず、はつらつと自由な挑戦をして欲しいと期待します。きっと、私の目指す「流通革命」を一緒に実現してくれると信じています。
あ、そうそう。私の会社が何をやっているのかをまだお話ししていませんでした。次回はそこからスタートします。
(聞き手・デジタル編集部 和気真也)