(フォーラム)早生まれは損?:3 できることは

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 1月から4月1日までに生まれた「早生まれ」の子どものハンディについて、学業やスポーツを通じて考えてきました。生まれ月による差は、どう緩和できるのか。保護者や教育現場ができることは何か。最終回では、そのヒントや心構えを探ります。

 ■海外では就学時期を選べる国も

 そもそも、「早生まれ」の状態が生じるのは、学年の区切りがあるためだ。日本は誕生日できっちりと学年を分けるが、海外では子どもの状況に応じてゆるく運用する国も少なくない。だが、それも完全な解決策とは言えないようだ。

 日本では、学校教育法により「満6歳に達した日の次の学年初め」に就学させることが義務づけられている。子どもや学校側は原則、学年を選択することはできず、4月1日生まれの子は、翌日の2日に生まれた子と同じ学年になることはない。

 しかし、同法第1条で定められ、学習指導要領に基づいた授業をする「一条校」ではない国内のインターナショナルスクールでは、相対年齢効果(学年内での生まれ月の違いがもたらす影響)を軽減するため、柔軟な対応を可能にしている。

 学年が9月に始まるセント・メリーズ・インターナショナルスクール(東京都世田谷区)では、早生まれに相当する6~8月生まれの子どもは一つ下の学年に入ることが推奨されている。担当者は「身体的な差が子どもにとって不利に働くケースが多い。同学年で遅い生まれ月の立場で入学するよりは、1学年下げた方が学力的にも向上し、リーダーにもなりやすい」と説明する。

 サンモール・インターナショナルスクール(横浜市)は、11月1日から翌年10月31日の間に生まれた子どもを同学年とするのが基本だ。しかし、教員の推薦や保護者の希望を踏まえ、もう1年、幼稚園にあたる幼稚部で過ごすこともできる。担当者は「幼稚部を卒業する間際に個々の子どもの発達状況をみる。強制的に就学させることはない」と話す。

 海外では、子どもを公教育に入れるタイミングを選べる国も多い。

 9月に新学期が始まる英国では通常、8月末までに4歳を迎えた子どもは9月に小学校に入る。だが、「もし子どもが学校に入る準備ができていない場合、遅らせることができる」と政府のホームページで案内されている。その場合、5歳を迎えた直後の12月末、3月末、8月末のいずれかの時期に就学するという。

 米国では多くの州で就学の運用が弾力的だ。例えばオクラホマ州では、5歳以上の子どもを半日以上就学させると義務づけられているが、居住地域の教育長に申請することで入学を遅らせることができる。

 早生まれと学力についての研究があり、この連載の1回目に登場した東京大の山口慎太郎教授(労働経済学)は「選択肢はあるに越したことはないが、同じ学年内でさらに月齢差が広がる問題点などもあり、必ずしもベストとは言えない」と話す。「入学年を選べる制度を設けている国でも、活用するのは、保育料などを余分に払える裕福な家庭に偏る傾向がある」と指摘している。(林将生)

 ■保護者は長い目で成長見守って 日本女子大・山下絢准教授(教育行政学)に聞く

 親の教育意識が高いほど、子どもが早生まれではない傾向が高い――。そんな可能性を示唆する研究がある。日本女子大の山下絢(じゅん)准教授(教育行政学)に話を聞いた。

 ――母親の教育意識が高いと、子どもが早生まれではない傾向があることをデータで明らかにしました。

 「学歴や年収、職業といった社会経済的地位のほか、子どもへの教育期待や教育費の支出額などを『教育意識の表れ』として数値化し、子どもが早生まれである確率との関係を検討しました。『母親の教育意識』としたのは、教育方針の決定は母親に主導権があるという先行研究を踏まえています」

 「統計数理研究所と大阪大が共同実施したアンケートの結果を分析しました。『子どもの塾や家庭教師などに、生活を切り詰めても出費するのは当然である』という質問に、『そう思わない』と答えた専業主婦の母親の子が早生まれである確率は約46%でしたが、『そう思う』と答えた場合は約6%で、大きな差がありました」

 「親の教育意識と生まれ月に関連がみられるということは、もともと社会経済的に恵まれた立場にある家庭が、子どもが有利な立場で競争に勝てるよう、生まれ月を考慮している可能性があるということです。階層の再生産にもつながっていると考えられます」

 ――生まれ月による差を緩和できるような学級編成上の工夫や、教育制度の設計を提言していますね。教育現場でできることはありますか。

 「生まれ月の影響が大きい低学年のうちは、習熟度別授業を実施しない方がいいと思います。クラスが分けられることによって、子どもがその分野を不得意だと思い込み、自己肯定感の低下につながる恐れがあるからです」

 「小学1年の一定時期は、生まれ月に基づいてクラスを編成してもいいと思います。実践している学校もあります。幼い頃にリーダーになる機会が多い年度の早い時期に生まれた子は、学年を経てもリーダー的な立場を経験することが多く、差が生じやすい。生まれ月が近い子を集めたグループを作り、そこでリーダーの経験を積ませることは有効です。クラス決めで、どの項目がどの程度考慮されているかは学校ごとに異なりますが、生まれ月も重要な項目の一つになるといいと思います」

 ――授業でも取り上げているそうですね。学生の反応はどうですか。

 「関心は高いです。『相対的年齢効果を考慮した場合、習熟度別授業の導入は必ずしも適切ではないと学べた』などと新しい発見を授業の感想に書いてくれた時は、このテーマを扱ってよかったと思いました。生まれに関することは自分では選択できないので、配慮して議論をしています。『自分の親は生まれ月を気にしてくれなかった』などと考えてしまうことは避けたい。いつ生まれても幸せなはずですから」

 ――保護者に伝えたいことは。

 「届けたいメッセージを一言でいえば、『成長発達を長い目で見守りましょう』ということです。幼いうちに過度に競争的な環境に身を置かせないこと。目の前の短期的な達成目標を追わせないこと。そして集団の中で自信を失うことがあれば、その子が活躍できるような別の集団に入れてみる。できることや工夫はたくさんあると思っています」(聞き手・伊木緑

 ■スタート位置違うだけ「これからだよ」

 今回のシリーズは、アンケートや、紙面掲載を受けての投稿で、多くの反響がありました。何人かの方は、取材もさせていただきました。

 3月生まれという岐阜県に住む50代女性は「母親には、4月生まれの姉とよく比べられました。心配だったのだと思います」と言います。記憶に残るのは幼稚園の時のこと。サ行がうまく発音できず、家で何度も練習させられたそうです。

 「自己肯定感の低さにつながりました。時が経てば解決することなので、早く、早くと焦らないよう、親へのアドバイスが重要では」と提言します。

 2月生まれの東京都の40代女性は小学生時代、運動能力の面で同級生に追いつかない理由がわからず、「努力不足だと自分を責めた」と振り返ります。「乗り越えてこそ得られるものが大きいという空気で、誰も生まれ月のことを言いませんでした。それも一つの理由になることを知ってほしいです」

 アンケートでは、「早生まれは不利」と感じたことがあるかどうかという問いに、「いいえ」と答えた人も4割弱いました。

 自由記述には、「遺伝や家庭の在り方の影響の方が強い」といった趣旨の意見や「自分は感じたことはない」という経験談もありました。確かに、人間の成育は様々な要因が作用するために、生まれ月の影響はわかりづらいです。成長や発達の差は、大人になれば小さくなる一過性の現象でもあります。

 「どこかで区切れば、必ず生じる問題」という声も聞かれます。ただ、だからこそ、この問題があること自体が認識され、子どもへの接し方や見守り方を考える機会になれば、と思います。

 そのヒントが、プロ野球から見えるのではないでしょうか。

 この連載の2回目で、東京農業大の勝亦陽一教授(スポーツ科学)が、1984~2015年にプロ野球に在籍した選手の生まれ月を分析したところ、4~6月が34.1%、7~9月が29.9%、10~12月が20.5%、1~3月が15.5%と、学年内の生まれ月が遅くなるにつれて少なくなることを、ご紹介しました。

 一方、03年~22年のタイトル獲得者172人を記者が調べたところ、4~6月が29.1%、7~9月が23.6%、10~12月が30.5%、1~3月が16.1%でした。学年前半の4~9月生まれと後半の10~3月生まれは、ほぼ同程度になります。

 勝亦教授はこれを陸上競技の400メートル走に例えます。レース序盤は、スタート地点が前にある外側のレーン(4~9月生まれ)が、内側のレーン(10~3月生まれ)より先行し、内側が追いかける現象です。

 「内側は外側を見ながら追え、自分の状況を理解しやすい。また、差が徐々に詰まるため、負けたくないという気持ちにもなります。大人になってからの本当の勝負は、400メートル走でいえば第4コーナーを曲がった後、レーン間の差がなくなってからです。早生まれの人はスタート位置が違うと知り、あきらめずに追い続けることが大事だと思います」

 「周りよりできない」と悩む早生まれの子どもがいたら、生まれ月の背景があることを一般論として本人に伝え、見守るといいのではないでしょうか。「これからだよ」と。(編集委員・中小路徹

 ◇アンケート「お墓、どうしますか?」「二重国籍を考える」をhttps://www.asahi.com/opinion/forum/で募集しています。

 ◇来週23日は「手紙、書いてますか?」を掲載します。

 

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