(社説)月着陸50年 宇宙利用に新たなルールを

社説

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 米国アポロ11号飛行士が、人類史上初めて月に降り立ってから50年の時が流れた。

 米ソ対立が深刻化するなか、宇宙開発で後れをとった米国が膨大な金と人を投じて実現させたのがアポロ計画だ。冷戦時代の象徴といえるが、一方で計画を明らかにした当時のケネディ大統領は、一般向けの15分余の演説で「平和」という言葉を5回用い、月着陸がもたらす「新しい希望」にも触れていた。

 その米国が、再び月に人を送り込もうとしている。見すえるのはそこにある資源の開発と利用だ。夢や理想は後景に退き、むき出しの国益が語られる。

 ■交錯する利害と思惑

 きっかけは今年3月のペンス副大統領の演説だった。これまでの方針を4年前倒しする月探査計画を発表し、「米国の地から打ち上げる、米国製のロケットで」と力を込めた。米政権の宇宙政策を担う国家宇宙会議の事務局長は朝日新聞の取材に、「政治的な大きな隔たり」を理由にロシアと中国の参加は想定していないと話す。

 米国が前のめりになる背景にあるのが他国の台頭だ。中国は6年前、月に無人探査機を着陸させ、1月には世界で初めて月の裏側への到達も果たした。ペンス氏は「月探査で優位に立とうとする野心は明らかだ」と警戒心をあらわにした。

 中国だけではない。ペンス演説の翌日、インドがミサイル人工衛星を破壊する実験に成功し、その能力を持つ4番目の国になった。ただ、中ロと対抗するために米国はこうしたインドの動きを事実上黙認。自らの都合を優先させた各国間の駆け引きは熾烈(しれつ)さを増している。

 しかし忘れてならないのは、この半世紀で宇宙は日常生活の基盤になったということだ。天気予報、テレビ放送、カーナビゲーション、スマホ端末の位置情報……。どれも人工衛星があってのサービスだ。民間企業も次々と参入し、宇宙旅行は絵空事でなくなった。

 「宇宙は新たな戦闘領域だ」とトランプ大統領は言う。だがそんな認識では、これからの宇宙利用は到底立ちゆかない。

 ■個別交渉積み上げて

 国家が覇権を争う場所ではなく、人のくらしを支える公共空間であり、ビジネスを展開する市場。それが21世紀の宇宙だ。今こそ「平和的目的のための探査と利用」「全人類の共同の利益」をうたう国連宇宙条約の原則に立ち返らねばならない。

 宇宙の憲法と言われるこの条約は67年に発効した。宇宙空間について、主権を主張したり占拠・取得したりする行為を否定する。だが、資源開発に関する具体的な言及はない。

 その後、月の天然資源を人類の共同財産と定める「月協定」が84年に発効したが、日本を含む主な宇宙活動国は署名しておらず、実効性を欠く。

 プレーヤーの増加に伴い、紛争の種が複雑・多様化してきたからこそ、それを調整する新たな取り決めが求められる。

 動きがないわけではない。

 たとえば、使命を終えた人工衛星やロケットの破片など宇宙空間を漂うゴミ(デブリ)の発生を抑える指針が、07年に国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)で採択された。

 資源開発をめぐっても、有志国や宇宙機関、学者、企業でつくる「ハーグ宇宙資源ガバナンスワーキンググループ」が、国際ルールの草案を2年前に発表した。企業に資源の採取権を認めつつ、利潤は「すべての国の利益」に資する形で分配するという内容となっている。

 前者は法的拘束力がなく、後者もおおまかな原則を示すにとどまるもので、限界はある。それでも国際交渉の場で包括的な合意を形成する難しさを考えれば、個別分野で少しずつ実績を積み上げていくしかない。地道な営みを通じて、宇宙は公のものだという認識が深まれば、兵器配備などの行為にも歯止めがかかる。そう期待したい。

 ■日本の役割は大きい

 14年春、ウクライナ情勢をめぐって欧米とロシアが厳しく対立したときのことだ。上空400キロにある国際宇宙ステーションには、ロシアの飛行士3人と米国の2人が滞在し、若田光一さんが船長を務めていた。

 的川泰宣(まとがわやすのり)JAXA名誉教授は著書「3つのアポロ」で、若田さんが「地上では対立しているが、宇宙では協力しているところを見せよう」と、良好な雰囲気づくりに心を砕いたエピソードを披露している。

 先に紹介したCOPUOSは今年6月、持続可能な宇宙活動をめざして、デブリ監視や国際協力の促進を盛り込んだ新たな指針を、ロシア、中国も加わった全会一致で採択した。日本は提案国のひとつとして、9年がかりでこの交渉をまとめた。

 探査機はやぶさの活躍が示すように、日本は最先端の技術をもちつつ、宇宙の軍事利用とは一線を画してきた。ルールづくりに向け、その力と立場を生かして議論を引っ張れば、価値の高い国際貢献となるだろう。

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