「四国のへそ」にある鉄橋跡 朝鮮人が支えた難工事、案内役は労組員

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武田肇
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現場へ! 戦時労務動員の記憶③

 愛媛県から徳島県へと流れる銅山川の渓谷に、雑草に覆われたコンクリートの橋脚が立つ。近くのJR土讃線を高知行きの特急「南風」が走り抜ける。

 「見てください。あれが朝鮮人労働者が建設に携わった鉄橋跡です」。昨年7月、徳島県三好市山城町に残る「旧伊予川橋梁(きょうりょう)」を、市職員の田口勇作(42)が案内してくれた。

 開通したのは日中戦争が始まる2年前の1935(昭和10)年。四国山地を縦断し、瀬戸内海側と太平洋側をつなぐ土讃線の一部だった。戦後の50年に防災上の理由で新線に付け替えられ、橋脚だけが残る。

 「竹で足場を組み、厳しい環境で難工事に取り組んだという地元の人の証言があります」

 徳島県の最西端に位置する三好市は、香川、愛媛、高知の3県に接し「四国のへそ」と呼ばれる。旧山城町や旧池田町などが合併してできた。

 田口は戦前や戦中に建設工事…

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