梨泰院で逝った日本人留学生は「恩人」 同じ下宿の学生が事故現場へ

武田肇
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 広さ6畳ほどの食堂で、日韓の男女5人が食卓を囲んで談笑している。ピースサインをしているのは自分。うつむき加減で笑っているのは冨川芽生(めい)さん。自分と同じ日本から韓国に来た留学生だった。

 立命館大3年生の三井滉大(こうだい)さん(21)=大阪市=は今月15日、そんな写真が保存されたスマートフォンを手に、大阪市内で韓国語能力試験「TOPIK」を初受験した。K―POPや韓国ドラマの人気を背景に、この日の受験者は全国で約1万3千人。うち半数が20代の女性だった。「彼女らと芽生さんが重なって見えた」

 昨年8月から11カ月間、ソウルに留学した。「済州島4・3事件」など隣国の現代史に興味を持ち、日韓をつなぐ架け橋になりたいと考えた。

 でも、留学当初、ハングルを完全には読めず、韓国語はあいさつ程度。住まいとした「下宿(ハスク)」と呼ばれるトイレ・シャワー共同の集合住宅では、同居する韓国人学生と意思疎通もままならない。

 めげそうになったとき、救いの手をさしのべてくれたのが、下宿の先輩で、5歳年上の冨川さん。「芽生さん」「三井君」と呼び合った。

 「韓国語が上達するには」「韓国人の友だちを作る方法は」。朝夕、下宿の食堂で顔を合わせるたびに質問した。自分より2カ月早く留学していた冨川さんは、わからない単語があっても物おじせず、韓国人学生に積極的に話しかけていた。

 彼女のインスタグラムをのぞくと、モデルのように華やかなファッションやカフェ巡りの写真が投稿されていて、数千人のフォロワーがいた。

 「韓国が好きで、韓国で働くのが夢」。そう語る冨川さんは、自分とは別世界の住人のように輝いて見えた。

ハロウィーンの梨泰院で行方不明に

 彼女が行方不明だと知ったのは昨年10月30日。ハロウィーンのイベントが催された繁華街・梨泰院(イテウォン)で起きた雑踏事故から一夜明けていた。

 下宿生同士で作っていたSNSのグループトークに韓国人学生が「連絡がつかない」と投稿し、大騒ぎになった。下宿の狭い食堂に集まり、無事を祈っていると、日本のメディアが死亡者として冨川さんの名前を速報した。

 翌日、下宿生と一緒に、追悼の白い花で埋め尽くされた焼香所を訪ねたが、実感がわかなかった。

 現実と向き合うのが怖くて、四十九日にあわせて開かれた追悼集会に参加するまで、梨泰院の事故現場には立てなかった。

 「なぜ彼女が犠牲にならなければならなかったのか」。冨川さんのソウルでの足跡をたどり始めたのは、惨事から100日が過ぎ、報道も減ったころだ。

一緒にいた留学生が語った後悔

 あの夜、冨川さんと一緒に梨泰院へ行ったフランス人の留学生を探し当てた。数人で手をつないでいたのに、ばらばらになったと語り、号泣した。「最後まで手を握っていれば」。一緒にいたタイ人の留学生も亡くなったという。生き残ったことへの罪の意識に苦しんでいた。

 冨川さんが通った西江(ソガン)大の語学学校「語学堂」の担任教員は、涙ながらに、課題で書いた韓国語の作文を見せてくれた。「下宿のアジュンマ(おばさん)が作ってくれるご飯がおいしい」と記されていた。おしゃれな冨川さんがなぜ、あの古い下宿を気に入っていたのか、わかった気がした。

 国際小包で送れなかった遺品の化粧品や香水を届けるため、北海道根室市の冨川さんの実家も訪ねた。父の歩さん(61)から「留学生活頑張ってね」と逆に励まされた。

 痛切に感じたのは、彼女も自分と同じように夢や目標に向かってもがく若者であり、日常の暮らしの延長線上で命が奪われたという事実だ。

 雑踏事故の犠牲者は関連死を含めて159人。その重い数にちなんで惨事から159日目の4月5日、ソウルで追悼集会が開かれた。亡き冨川さんにあてて三井さんが韓国語で書いた手紙が読み上げられた。足跡をたどる中で、韓国の遺族会と関係ができ、外国人犠牲者の知人代表としてメッセージを依頼された。

 《芽生さん、お元気ですか。留学してまもないころ、助けてもらったことを忘れていません。そのころよりはぼくの韓国語は伸びました》

 《夢を持って留学に来た若者が悲しい事故で亡くなることが今度絶対にないように願います。この惨事は必ず記憶されないといけません》

「絶対に自己責任ではない」

 あれほどの惨事でありながら、時間の経過とともに他のニュースに上書きされ、風化しつつあると感じる。「危険な場所に遊びに行ったからだ」と犠牲者の落ち度を問う声も耳にした。「絶対に自己責任ではない。やるべきことは原因の徹底究明と再発防止だ」と憤りつつ、もし冨川さんと知り合わなければ、自分も同じように考えたかもしれないとも思った。

 事故後に書き続けてきた5万字のメモを元に、安全な社会のあり方を問う卒業論文を書くことを構想している。

 就職活動とアルバイトの合間を縫って渡韓し、事故から1年となる29日には事故現場に立つ。(武田肇)

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