WBCで再現された高校野球の魅力 「未完成な選手たちの完全燃焼」

安藤嘉浩
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(第95回記念選抜高校野球大会)

 スポーツ記者として初めて甲子園で高校野球の取材をしたのは1995年春。

 阪神・淡路大震災の約2カ月後の3月25日に開幕した第67回選抜大会だった。

 阪神甲子園球場が所在する兵庫県西宮市も被害が大きかった。

 復興の妨げにならないよう、選手も応援団も甲子園への移動は大型バスを使わず、公共交通機関を利用し、ブラスバンドや太鼓の応援は自粛した。

 地元・報徳学園の選手たちは、自転車で甲子園にやってきたのを記憶している。

 「桜の花が咲く頃には、被災地にも、明るいニュースが必要でしょう」。貝原俊民・兵庫県知事(故人)と地元の理解があって開催できた大会だった。

 高校野球が夏の全国中等学校優勝野球大会として産声をあげたのは1915(大正4)年。

 24年には選抜大会もスタートし、両大会は戦争による中断とコロナ禍による2020年の中止を挟んで脈々と歴史を重ねてきた。

 多くの人に支えられ、応援してもらい、球児たちはグラウンドで躍動してきた。郷土意識や時代背景とも重なり合い、数々のドラマやヒーローが生まれた。

世界一つかんだ選手たち、かつては球児だった

 阪神大震災があった95年に注目を集めたのはPL学園(大阪)の福留孝介だった。のちにプロ入りし、第1回ワールド・ベースボール・クラシックWBC)の準決勝では値千金の代打2ランを放っている。

 連覇した第1回、第2回大会の最優秀選手(MVP)は、横浜(神奈川)のエースとして「松坂世代」の主役となった松坂大輔だった。

 それ以来の優勝を飾った今回のWBCで侍ジャパンの中心を担ったダルビッシュ有(宮城・東北)、大谷翔平(岩手・花巻東)、吉田正尚(福井・敦賀気比)、村上宗隆(熊本・九州学院)らも、かつては甲子園を目指す球児だった。

 日本がメキシコに逆転サヨナラ勝ちした準決勝。ダルビッシュが試合前の声出しで言っていた。

 「このチームでできるのはあと少し。今日が最後になるのはほんとにもったいないので、みんなで全力プレーをしてメキシコ代表を倒して明日につなげましょう」

 まるで高校野球みたいじゃないか。

 そう感じた人も、きっと少なくないだろう。

 仲間とともに、一投一打に青春をかける。みんな、そんな体験をしている。

「本場のベースボールを超えている」

 「高校野球は日本の野球文化の骨格なんです」。元巨人監督の長嶋茂雄さんが語ったことがある。

 ノンフィクション作家の佐山和夫さんは「学生野球から始まった日本の野球は、フェアプレー、チームワークの点で、本場のベースボールを超えている。甲子園大会は世界遺産にすべきだ」と訴えている。

 95回の節目を迎えた今春の選抜も熱戦が続く。仙台育英(宮城)と慶応(神奈川)は、一瞬たりとも目が離せないようなしのぎ合いを展開した。

 城東(徳島)は部員13人が一丸となって、昨秋の東京王者・東海大菅生に立ち向かった。

 高校野球の魅力を聞かれたら、「未完成な選手たちの完全燃焼」と答える。

 プロに比べたら技術的にも精神的にも未熟な選手が、ときに監督の想像も超えるようなプレーを見せる。だから、飽きることがない。

 朝日新聞の記者として甲子園の取材をするのは、この大会が最後になる。

 もちろん、これからも高校野球ファンの皆さんと一緒に、球児たちの完全燃焼を楽しんでいきたい。(安藤嘉浩)

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