山口・岩国の反戦喫茶「ほびっと」、大学生がルポ 取材で学んだのは

川本裕司
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 約半世紀前、米軍岩国基地の近くに開店し、ベトナム戦争に反対する若者たちが集った反戦喫茶「ほびっと」。この店に関わった人たちに大学生がインタビューして、活動の足跡をたどり、その意味を問うルポルタージュをまとめた。「やってみないとわからないことがある」。筆者の大学生は、取材を通じてそんなメッセージを受け取った。

 「反戦喫茶『ほびっと』」を書いたのは中央大国際情報学部3年の伊藤光雪(みゆ)さん(21)。ジャーナリズム研究のゼミの取り組みとして、A4で16枚にまとめた。

 「ほびっと」は、ベトナム戦争のさなかの1972年2月、出撃拠点だった岩国基地近くの岩国市今津町2丁目に若者たちが開いた店で、4年間続いた。

 昨年5月、約30人が参加して同市内で開かれた「ほびっと」50周年の集いに、伊藤さんも顔を出した。集いに出席した元京都市議鈴木正穂さん(74)と岩国市の児童文学作家岩瀬成子(じょうこ)さん(72)に取材し、ルポをまとめた。

 鈴木さんは、初代マスターだった中川六平さん(故人)と同志社大の友人で、「ベトナムに平和を!市民連合」の仲間でもあった。

 何度も「ほびっと」を訪れた鈴木さんは、伊藤さんの取材に「身に覚えのない容疑で警察の家宅捜索を受け、米軍から立ち入り禁止令が兵士に出されたが、反戦運動だけではなく生活の場として存在していた」と振り返った。若者たちが店を続けた熱気の正体を尋ねると、「始まりはベトナム戦争反対という気持ち。友情もあったし、大人からの激励もあった」という答えが返ってきた。

 関わった人の中には、大学を中退する人もいれば就職する人もいた。「自分に何ができるのか、どう社会に貢献できるのか、夢をもってほしい。自分がいる世界から一歩外に出るのが大事。一緒にやれる仲間が2、3人いたら、何か行動することができる」と、鈴木さんは伊藤さんに助言した。

 岩瀬さんは、地元の出身ながら米軍基地と関わることなく暮らしてきた。だが「ほびっと」を訪れて「目を覚ませよ」と言われた気がした、と話した。母親からは「危ない」と店に行くことを止められていたが、店であった児童文学作家の講演会がきっかけで、自身も児童文学作家になった。

 高校時代からNPOでボランティア活動をしていた伊藤さんは「意識高い系」と呼ばれるのが嫌だったという。その経験を打ち明けると、岩瀬さんから「どんな時代でも必ず冷めた目で見られることはある。でも、やってみないとわからないことがものすごくある。意識高い系と言われても、『私は私』って思った方がいい」と励まされた。

 ルポは学内の雑誌に掲載される予定という。伊藤さんは「反戦活動に青春を捧げながら生き方を模索した人々が、いまも持つ力強さがまぶしかった。しっかり声をあげることの大切さを教えられた」と話す。(川本裕司)

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