オチビサンと歩んだ7年 安野モヨコさんインタビュー

聞き手・坂本真子
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 2007年4月以来、多くの読者に愛されてきた漫画「オチビサン」の朝日新聞での連載が、今回で終了することになりました。作者の安野モヨコさんに、オチビサンと歩んだ7年間について聞きました。

1ミリでも回復してもらえるものを

 ――生活面の連載漫画「オチビサン」は、7年間続きました。

 長いですね! そんなに時間がたったなんて。私にはあっという間でした。

 ――それまでの作品とは百八十度、印象が違って驚きました。

 以前描いていた「働きマン」は、バリバリ働く女性の話でした。読者からいっぱいお手紙をいただいて、「自分も頑張っている」という方も多かったけれど、意外なことに「20代の頃はバリバリ働いていたが、体をこわして今は仕事を休んでいます」という女性が多かったんです。「いまは休職中ですが」とか、「いまは病気療養中ですが懐かしいと思って読んでいます」とか。「働きマン」みたいに頑張って働いたけれど、体力的、精神的に折れてしまって休職せざるを得なくなり、「懐かしく読む部分もあるけれど、ちょっとつらくて読めないときもある」という方もいました。

 私自身もくたびれ果てているときは、資料の本や話題の小説を読もうと思っても全然集中できない。でもぼんやりしているのもしんどいから、何か読みたい。ぼんやりしていても読めるもの、ちょっと気持ちが切り替わって、くたびれ果てているところから1ミリでも回復してもらえるものを描こうと思ったのが、「オチビサン」を始めた最大のきっかけでした。

 漫画家として忙しかったときにスタートしたので、私自身もすごくイライラして、くたびれていました。当初、オチビサンは常に怒っているというキャラクター設定でしたが、きっと私が怒っていたんだと思います。それがだんだんなくなって、オチビサンの表情も変わってきました。

 ――オチビサンのキャラクターにはモデルがいますか?

 パンくいとナゼニは実家の犬、ジャックはうちのネコ、おじいは監督(夫で映画監督の庵野秀明さん)。耳たぶが同じなんです。

 アカメちゃんとシロッポイにモデルはいません。2人を登場させたのは、オチビサンが寂しそうだったから。友達としてパンくいとナゼニがいるけれど、彼らはあくまでも外の人格。友達とはそういうものですが、オチビサンには家族がいないので、常に一緒にいる存在がいるとうれしいかな、と思ったんです。

鎌倉でいつも見ていた景色が作品に

 ――「オチビサン」が始まる少し前に、東京都内から神奈川県鎌倉市に引っ越されましたね。オチビサンの舞台も鎌倉市豆粒町という架空の町で、自然の移ろいが描かれています。

 鎌倉に住んだのは全くの偶然です。家探しが難航していたとき、鎌倉に初めて家を見に行ったら、それまで都内でどんな土地をみても一回も「うん」と言わなかった監督が、「いい」と言ったんです。

 鎌倉にいる時間が長いほど、目にする植物の量も都内とは全く違う。日常的に見ているものが作品に出てしまうんです。庭にいるオチビサンのような、妖精みたいなものが、私に「こう描いて」って言いに来ているように感じていました。

 ――安野さんにとって鎌倉はどんな場所ですか?

 遠足でも遊びに来た、なじみ深いところでしたが、歴史や神社仏閣には全く詳しくありませんでした。暮らし始めてから、古い町並みが残っているのは鎌倉文士たちの運動がきっかけとなって法律が定められたからであるとか、いろいろなことを知り、歴史が残る土地はいいなぁ、と愛着をもつようになりました。

 私は文士ではないけれど、そういう人たちの遺志を継いで何かするべきじゃないかと考えた時期もありました。ただ、「オチビサン」には、社会的な意味合いを持たせたくなかった。読んでいる人が自然をぼんやり楽しめるものであって欲しいと思っていました。強い調子で何かを訴えることはしたくなかったので。

悩んで描かないと決めていた

 ――7年間、ほぼ毎週描いていて、苦労されたことは?

 普通に面白いかもしれないけれどそれ以上のものじゃないときは、自分ではつまらないんです。パッと見でクスクスッと笑えるけれど、深いもう1個のメッセージがあるようなものを描けたときは「やった!」と思います。

 ふわっと読んで欲しかったので、悩んで描かないと決めていました。悩んで悩んでこねくり回し過ぎると、読まれる方々もくたびれるんです。

 ――ポショワール(紙を型抜きして色を重ねる版画のような技法)で描いたのはなぜですか?

 色をぽってり塗りたかったんです。前の作品「さくらん」のときに浮世絵をたくさん見たんですが、木版画は、紙の上に絵の具がのっていて厚みがある。私は絵の具がのった質感が好きなので、インクがずれている感じなども読者にお届けできたら、と。漫画を描くうえで手作業がだんだん減り、描くのも入稿も全部デジタルになってしまうことにも抵抗がありました。

 ――「オチビサン」は、安野さんにどんな影響をもたらしたのでしょう。

 この数年、「オチビサン」を描いていると私自身が安らいで、描くことによって救われていると感じていました。鎌倉で「オチビサン」を描いている中で、何か新しいことをやってみよう、と思えるようになりました。

 ――「オチビサン」は4月下旬から、AERAで連載をスタートする予定です。

 今までは1話1ページだったのを、もうちょっとだけ長くします。1ページごとに完結しながらも、4ページでまとめたときに一つのストーリーとして読めるようにするのは、漫画の技術として難しいので、私には新しい挑戦です。(聞き手・坂本真子)

     ◇

 ご愛読ありがとうございました。「オチビサン」は4月下旬から、装いも新たに「AERA」(朝日新聞出版)で連載をスタートします。初回は、4月28日発売(一部地域除く)の5月5―12日合併号に掲載される予定です。

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