映画作家リンチは甘い毒で「アメリカ」を示した 柳下毅一郎さん寄稿
デヴィッド・リンチはアメリカを教えてくれた。
デヴィッド・リンチは不気味でシュルレアルなイメージで知られる深く個人的な映画作家である。映画監督の名前を冠した形容詞は数あるが、「リンチ的」という言葉ほど人口に膾炙(かいしゃ)したものはあるまい。リンチはグロテスクと不可思議の代名詞だ。そんな彼が、なぜアメリカを語れたのか。
78歳で亡くなった映画監督デヴィッド・リンチを、アメリカ文化やカルト映画に詳しい映画評論家の柳下毅一郎さんが追悼します。柳下さんは言います。礼儀正しく、シャツのボタンはいちばん上まではめるリンチに家に招かれても、「冷蔵庫の中身は決して見てはならない」と――。
1946年生まれのデヴィッド・リンチには拭いがたく50年代の刻印が刻まれている。晴れ渡った青空を背景に真っ赤な花がひらく。住人すべてがお互いの顔を知っているスモールタウン。かつてアメリカの理想とされた世界が、リンチの映画の中には存在している。「ブルーベルベット」の主人公ジェフリー(カイル・マクラクラン)は理想のオール・アメリカン・ボーイだ。だが、もちろん、彼は存在すら想像していなかった倒錯と暴力の世界へと引きずりこまれてゆく……。
すべてのものに裏があり、美…