第2回農家仲間みつけ協力、土地30年契約…東京で私たちが生き残るために

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 望んで飛び込んだ世界だった。

 会社員だった森尋(ひろし)さん(43)は、生まれ育った東京で農家として起業する人たちがいると知り、2017年、多摩地域北部の自然豊かな瑞穂町で農業を始めた。だが1人の気力と体力では続かないと気づいた。

 借りられた畑はあちこちに分散しており、移動のロスが大きい。当初は多彩な野菜づくりに取り組んだが、栽培方法の違いなどから、目が行き届きにくい。育ちの早い夏野菜では、一部の収穫期を逃してしまうこともあった。

 東京ならば販売先は多いと踏んだ部分も、現実は厳しかった。スーパーの多くは、以前からの農家が押さえている。参入できれば大口の供給先となる学校給食も同じだった。1人では販売先の開拓に出る時間が満足に取れず、しばらくは紹介された直売所への出荷が主だった。

連載「東京で農業はじめました」はこちらから

農家出身ではないのに、独立して農業を始める人が都内で増えています。広い農地は望めず、人を雇うのも、作業用施設を持つのも高くつきます。それでも、東京で始めるのはなぜなのでしょうか。

 農業を始めて5年。岐路に差し掛かった。

 新規就農者への経営支援で、国から出る年最大150万円の給付金が終わるためだ(現在の制度は3年)。

 このままでは厳しい。

 給付金無しで生計を立てていくには、規模拡大が必要だった。ただ1人の力では限度がある。森さんは同じ町内で就農した仲間と、手を携えることにした。

 同町出身で元会社員の野元裕樹さん(51)。なるべく人が手をかけない、自然な農業に関心があった。町内の親類の農地を借りられるとの話もあり、雇われて働く立場から脱して起業したいとの思いもあった。

勇気づけられた動画 1人だったけど

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 だが、就農相談の窓口では止…

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