サンデル教授「能力主義」に警鐘 反論ぶつけた学生は

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高津祐典
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 ハーバード大学のマイケル・サンデル教授(68)は、若者たちの質問をうれしそうに聞いていた。「とても興味深いチャレンジだね。いい質問をありがとう」と笑みを浮かべた。

 オンライン会議システムZoomを通じて、サンデル教授に20代の3人が取材者として向き合っていた。国際基督教大学の学生2人と、昨春に東京大学大学院を修了して社会人になったばかりという若者たちだ。

 100万部超のベストセラーになった「これからの『正義』の話をしよう」から11年。学歴に代表される能力主義に疑問を投げかける著書「実力も運のうち」(早川書房)が刊行され、話題を呼んでいる。

 「人種差別や性差別が嫌われている時代にあって、学歴偏重主義は容認されている最後の偏見なのだ」というサンデル教授の言葉とともに、ツイッターなどでも「能力主義(メリトクラシー)」に言及する識者は多い。

 その序論は「入学すること」。米国の名門大学に我が子を入れるための不正工作に触れながら、サンデル教授は名門大学が集まる「アイビーリーグ」の学生の3分の2あまりが、所得規模で上位20%の家庭の出身になっていると指摘する。

 そして、こんな問いを投げかけた。《入学した者は、自ら達成した成果に誇りを感じ、自力で入学したのだと考える。だが、これはある意味で人を誤らせる考え方だ。彼らの入学が熱意と努力の賜物(たまもの)であるのは確かだとしても、彼らだけの手柄だとは言い切れない。入学へ至る努力を手助けしてくれた親や教師はどうなるのだろうか? 自力ですべてをつくりあげたとは言えない才能や素質は? たまたま恵まれていた才能を育て、報いを与えてくれる社会で暮らしている幸運についてはどう考えればいいだろうか?》

 能力主義の勝者は、「努力が足りない」と敗者への謙虚さを失いがちだという。「エリートに対する怒りが民主主義を崖っぷちに追いやっている時代には、能力の問題はとりわけ緊急に取り組むべきものだ」とサンデル教授は著書で訴えている。

 一方、取材者の3人は競争を勝ち抜いてきたといってもいいかもしれない。最初に投げかけた質問が「能力主義は人のやる気を引き出し、機会平等の考え方は、やる気をそぐのではないでしょうか」だった。真っ向からサンデル教授の主張に疑問を投げかけたのだ。

 サンデル教授は「チャレンジ」をたたえるように、笑みを絶やさなかった。そして鋭く問い返した。

 「あなたの個人的な話を教えてもらえますか。あなたが学校や大学で頑張って努力する理由は何だと思いますか? 実力主義の競争に勝ちたいという気持ちが、あなたのモチベーションになっていると思いますか?」

 問い返された国際基督教大学4年の中塩由季乃さん(22)は率直に気持ちをぶつけた。「私は能力主義の考え方に長い間、毒されていて……。入試でも、就活でも、何かをしようと思ったとき、競争がなかったとしたら、やる気を保てたかどうか分かりません」

 サンデル教授は、学生とのやりとりをNHKが放送した「ハーバード白熱教室」のように、中塩さんとの対話を通じて能力主義の問題点を浮き彫りにしていった。

 サンデル 今、あなたは興味深い言葉を使いました。「そのことに毒されていると感じている」と。どういう意味ですか。

競争に「毒された」結果は

「中塩さんは能力主義にとらわれない考え方ができることを示しました」。対話を繰り返しながら、サンデル教授は競争や上昇志向に隠された課題を暴いていきます。

 中塩 毒されている……。先…

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