(社説)原爆投下責任 棚上げせず議論深めよ

社説

 原爆を投下した米国の責任を問い続け、核兵器の廃絶につなげていく――。これが被爆者の揺るがぬ姿勢だ。その訴えをしっかりと受け止め、核廃絶への道筋をともに探ることは、被爆地の自治体の責務である。責任論を棚上げするのではなく、逆に議論を深めていくべきではないか。

 米国の原爆投下責任をめぐって先週、広島市の市民局長が「議論を現時点では棚上げする」と議会で答弁した。唐突な発言に、被爆者らから批判が相次いでいる。

 局長答弁は、広島市の平和記念公園と米ハワイ州のパールハーバー国立記念公園が6月に結んだ姉妹協定に関する質疑で飛び出した。

 日米開戦の地との協定は、米国側からの働きかけで締結に至った。文化・観光・教育の相互交流により平和構築を推進するとうたい、強調されたのが「未来志向」だ。

 松井一実・広島市長は、締結時の会見で「理性をもって和解し、未来志向で平和を求める象徴」だと述べた。米国のエマニュエル駐日大使も「かつて対立の場だった両公園は和解の場となった。よりよい未来の道筋を描く人々が日米双方でますます増えていくだろう」と語った。

 協定の元をたどれば2016年、当時のオバマ大統領と安倍首相による広島・真珠湾の相互訪問に行き着く。実際、オバマ氏は協定の調印式に祝辞を寄せ、かつての相互訪問を日米同盟深化への重要な一歩になったとしたうえで、協定を「新たな歴史的偉業」と評価した。

 協定締結の前月に開かれたG7広島サミットでは「核軍縮に関する広島ビジョン」が採択されたが、ロシアによるウクライナ侵攻などの国際情勢を受け、核抑止政策の重要性を強調する内容にとどまった。原爆に関する米国の責任がずるずるとうやむやにされていくのではないか。広島ビジョンに落胆し、憤った被爆地の人々が、そう危機感を募らせるのも当然だ。

 先の大戦を知る世代が減りゆくいま、協定の意義は小さくない。未来を志向する姿勢も大切だろう。しかし、それは過去の責任をあいまいにしてよい理由にはならない。むしろ、歴史に誠実に向き合い、かつて犯したそれぞれの過ちを互いに問い、自問し続けてこそ、真の未来志向と言えるのではないか。

 松井市長は折にふれて「ヒロシマの心」を広めようと訴えてきた。自身の考えを自らの言葉で語ってほしい。国際社会の中で非核・平和都市の先頭に立つ広島市からの発信を、世界は注視している…

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