(社説)改正入管法成立 信頼回復への険しい道のり
どんな国籍や民族であろうとその人の尊厳を重んじて遇し、保護すべき人は確実に守る。そんな入管行政への転換はいつ実現するのだろうか。
外国人の収容・送還のルールを変える改正出入国管理法が、きのう成立した。審議の過程で難民認定や収容の現場での耳を疑うような問題が表面化したさなかの幕引きだった。
法務・入管当局に向けられた社会の不信は深まったままだ。法案を押し切った政府と、参院で採決を強行した与党、行動をともにした維新、国民民主の責任はきわめて重い。
■見失われた原点
法案の原点は、長崎県内の入管施設に収容中のナイジェリア人男性が19年、長期収容に抗議しハンストした末に餓死した、あってはならない死だった。
刑事手続きの逮捕・勾留と違い、入管の収容に裁判所の許可は不要で、数年に及ぶこともある。07年からの14年間で、入管施設では17人が死亡していた。
入管が人権保障の行き渡らない場であっていいはずはなく、入管行政のあり方を根底から問い直すべき局面だったはずだ。
ところが、有識者の専門部会の議論を経て政府がつくった法案は、「送還を拒み、難民申請を繰り返す人々」の対策に焦点をあてていた。
難民申請中の人は送還しない現在の規定は、法改正で、3回目の申請以降は適用外となる。その一方、適正手続きの保障の観点から多くの国が採る、収容や延長の可否に裁判所などが関与するしくみは入れなかった。
在留を望む外国人を受け入れるかどうかの判断は、その国の事情や政策にもかかわり、どの国にとっても簡単ではない。ただし、少なくとも普遍的な人権という価値に立脚していることが厳正に求められている。
法案が最初に提出された21年と再提出の今年のいずれも、国連人権理事会の特別報告者らは「国際人権基準を満たしていない」と見直しを求めた。法務・入管当局は「法的拘束力はない」と、取り合わなかった。
収容や難民認定など、人の生命や自由にかかわることを、当局だけで決めるしくみが、さまざまな問題の根底に横たわっている。
■難民認定への疑義
改正法の下では、保護すべき人は2回の申請までに難民認定することが必須になる。ところが、現状の認定手続きはそうなっていない疑義が、審議を通して強まった。
難民と認定するかどうかは、まず入管が判断し、不服の申し立てがあれば民間有識者の難民審査参与員が3人1組でチェックしたうえで法相が最終判断する、という2段階で行われる。
法務・入管当局は「申請者に難民はほとんどいない」といった参与員らの発言を法改正の根拠としてきた。だが、入管が迅速処理していいと判断した案件を一部の参与員にまとめて審査させている運用がわかり、難民認定の公正さが揺らいでいる。
不認定が争われた行政裁判では、昨年までの5年間で109件中104件は国が勝訴したことを、斎藤健法相は適切な運用の象徴として挙げてきた。しかし、迫害のおそれのある国に誤って帰したら取り返しがつかない問題であり、裁判所が5件も不認定の取り消しを命じたことを重く見るべきだ。今年に入ってからも、不認定を取り消す判決がすでに複数出ている。
立場が不安定な当事者が裁判を起こすこと自体難しいことにも思いをいたす必要もある。
■不信は解消できるか
4月に衆院の参考人に招かれた研究者が「法案を通すことは、無辜(むこ)の人間に対して間接的に死刑執行ボタンを押すことに等しい」と強い懸念を表明したことを忘れることはできない。
野党が政府法案の対案に盛り込んでいた、政府から独立した委員会による難民認定制度の導入の検討を続けていくべきだ。
当事者の利益になりうる部分も、改正法にないわけでない。非正規滞在になっても収容せずに退去手続きを進め、家族や知人が監理人となって社会で過ごす「監理措置」という新制度を設けた。「原則収容」からの転換を進められるかが問われる。
監理人は本人の行動について届け出ることを求められ、支援団体などを対象にしたNPOの調査では「なれない・なりたくない」との答えが多かった。市民の協力を得られやすい運用にすることが不可欠だ。
法相による「在留特別許可」を、本人自ら申請できるようにもなった。すでに生活基盤がある人の在留を積極的に正規化していくべきだ。日本で生まれ育ったのに、両親に正規の在留資格がないため自らも退去を求められている子どもたちも少なくない。長じて言葉も分からない国籍国に帰すことが人道上、許されるとは考えられない。
改正法をどう使うか、今後の入管行政に注がれる目はこれまで以上に厳しい。それぞれを人として尊ぶ実務を重ね、信頼を取り戻していくしかない。
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