(社説)平和憲法と安保3文書 民主主義の形骸化許されぬ

社説

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 亜熱帯林が広がる山肌が大きく削られ、ベージュ色の隊舎が立ち並ぶ。沖縄本島の南西、台湾に近い八重山諸島の中心である石垣島に3月、陸上自衛隊駐屯地が開かれた。人口5万人弱のこの島が、ミサイル配備をめぐって揺れている。昨年末、安保3文書に敵基地攻撃能力の保有が明記されたからだ。

 ■ミサイルに揺れる島

 石垣市が駐屯地の受け入れを表明したのは18年。配備されるミサイルは敵の着上陸を防ぐための「防御的な装備」と説明されていた。これが、他国にも届くとなれば、島が標的になりかねない。防衛省は長射程ミサイルをどこに置くかは「未定」と繰り返すが、石垣市議会は「到底容認できない」とする意見書を賛成多数で可決した。

 島で生まれ育った宮良(みやら)麻奈美さん(30)は、東京の大学を卒業後、5年前に島に戻り、地元で働きながら、地域振興に取り組む。この間、同世代の若者らと、陸自配備計画への賛否を問う「住民投票を求める会」を立ち上げ、活動を続けてきた。

 有権者の約4割の署名を集めたが、市議会や市は受け入れず、宮良さんたちは裁判に訴え、今も係争中だ。

 仲間には、駐屯地に賛成の人も反対の人もいる。住民投票を求めるのは、賛否にかかわらず、市民が意思を示す場が必要だと考えるからだ。宮良さんはいう。「自衛隊の駐留もミサイル配備も、市民からすると、何が起きているのかよくわからず、意思表示もできないまま、市民がいないような形で進んでしまっている」

 駐屯地受け入れに賛同していた人たちにも、不安や疑念を広げたのが、岸田政権が踏み切った敵基地攻撃能力の保有である。平和主義を掲げる憲法の下、日本の防衛の基本方針である「専守防衛」を空洞化させるもので、判断を誤れば、国際法違反の先制攻撃になりかねない。相手国からの攻撃を誘発する恐れもある。

 ■戦後の不文律どこへ

 岸田首相は安保3文書の改定について、戦後の安保政策の歴史的転換だと胸をはったが、それに見合う国民的な議論はなされなかった。通常国会に入っても、「手の内は明かせない」などと、具体的な説明を避ける場面ばかりが目立つ。

 そんななか、3文書に盛り込まれた方針の具体化が急ピッチで進んでいる。

 安保関連予算「倍増」の初年度にあたる新年度予算は3月末に成立。防衛費は前年度から一気に1兆4千億円の大幅増となった。「借金で防衛費を賄わない」という戦後の不文律は破られ、護衛艦の建造費などに建設国債が充てられた。

 政府の途上国援助(ODA)とは別に、「同志国」と認める途上国の軍に資機材の提供などを無償で行う政府安全保障能力強化支援(OSA)という新たな枠組みも創設された。

 防衛装備品の輸出を後押しするなど、防衛産業への支援を強化する法案を国会に提出。武器輸出の緩和に向けた、自民、公明の与党協議も始まった。

 野放図な軍拡につながらないよう、国債を防衛費には充てない。途上国への支援は、経済社会開発を目的とする。武器の輸出や技術の提供には厳格な歯止めをかける。

 「平和国家」を支える規律が次々と骨抜きとなり、変質しかねない。しかも、それが、リスクを含めた情報開示と、異論にも向き合う丁寧な議論抜きに進んでいることは見過ごせない。

 ■合意形成の努力こそ

 弾道ミサイルの発射を繰り返す北朝鮮。急速な軍拡を進め、力による一方的な現状変更もいとわない中国。そして、ロシアによるウクライナ侵略。

 日本を取り巻く安保環境の厳しさを感じてか、敵基地攻撃能力の保有にも、防衛費の大幅増にも、賛同する国民は少なくない。だが、不安に乗じるかのように、政府が合意形成をおざなりにした先に何があるのか。

 ウクライナ情勢を受け、欧州各国は安保政策の見直しを迫られた。日本と同じく、先の戦争に対する反省を戦後の国づくりの礎とするドイツは、紛争地に武器を送らないとしてきた原則を転換し、ウクライナへの武器供与に踏み切った。

 ドイツ出身で仙台白百合女子大学で国際関係を教えるセバスティアン・マスローさん(40)は、ドイツ政府の対応は緊急措置として理解はできるとしつつ、幅広い合意をつくる時間がなかったと指摘する。

 「国民の理解なしに進めれば、民主主義の弱体化を招く。合意形成がないと、支援疲れを起こして長続きしないし、極端な主張をする政治勢力の台頭を許す恐れもある。結果的にロシアの思うつぼになってしまう」

 恐れるべきは「敵国」ばかりではない。政府が説明や議論を軽んじ、憲法が主権者と定める国民を置き去りにしたまま、国の大事な原則を次々と変えていく。真に恐れるべきは、民主主義の形骸化である。

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