人と社会と新聞をつなぐ 新パブリックエディターに3氏

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 朝日新聞社のパブリックエディター(PE)に1日、認定NPO法人カタリバ代表理事の今村久美さん(43)、東京都立大准教授の佐藤信さん(35)、スマートニュース社フェローの藤村厚夫さん(69)が就任しました。抱負や新聞への思いを3人に聞きました。

 ■1本の記事、人生変わった 今村久美さん(認定NPO法人カタリバ代表理事)

 経済的に厳しい環境でも、災害を経験しても、日々ぼんやり過ごしていても、どんな環境に生まれ育っても自分の経験を財産にして未来をつくり出せる。そんな世の中を目指し、学校や自治体と連携しながら様々な子どもたちの支援活動に取り組んでいます。

 困窮世帯の子どもたちに学習や食事の機会を作ったり、被災した子どもたちに安心して過ごせる居場所を届けたり。中高生が先生と対話をして校則を見直す取り組みや、メタバース空間を活用した不登校支援などにも取り組んできました。

 2016年10月に朝日新聞デジタルで読んだ記事が今も忘れられません。育児に悩み、孤立を深めた母親が3歳の娘を橋の上から川に落とした事件をたどった内容でした。ちょうど私の長男も3歳で、様々な悩みがあった時。あれを読み、子どもたちだけでなく保護者の支援にも力を入れようと決心したことが、その後の支援プログラム設計に大きな影響を与えています。1本の記事で事業や私の人生が変わったと言えます。

 岐阜県の実家では父や母が新聞を広げて読む姿を見ていました。とはいえ私が新聞を手に取ったのは、高校生の頃の小論文対策のためでした。新聞数紙の投書欄に投稿してみたら掲載され、とてもうれしかった。朝日新聞に載った投稿には秋田県の読者から手紙をもらい、宝物になりました。

 大学に入学して親元を離れると読まなくなりましたが、社会人になって朝日新聞を購読しました。出張も増えてやめていたものの、NPOの活動に取り組む中で「勉強しなきゃ」という気持ちもあり、この10年ほどはデジタル版を読んでいます。今年からは紙面も読み、9歳になった長男が勉強する時間は、私は一緒に新聞を読むねと約束しました。私が父や母の姿を見ていたように、長男が私の姿を見てくれたら、と。

 今は親が新聞を読む姿を見たことがない子どもが多いのが現実だと思います。SNSで10秒以上の動画も見られない時代に、新聞はどうすれば読まれるのか。NPOの情報発信も関心のある人にしか届かず、似た悩みかもしれません。単に分かりやすい見出しにすればいいというわけではないでしょう。記者がしっかりと取材したことを、まだ新聞と出会ったことのない人たちにもどうやって届けるか。そんなこともPEとして考えていきたいです。(聞き手・富田祥広)

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 いまむらくみ 1979年生まれ。大学在学中にカタリバを設立。様々な困難を抱える子どもたちに学習機会や居場所を提供、対話を通じた公教育改革を実践する。

 ■報道の「そもそも」考える 佐藤信さん(東京都立大准教授)

 日本政治はどのようにつくられ、どう変容してきたか。歴史的アプローチによって近代から現代に至る政治を研究しています。同時に政治の範囲を広く捉え、「婚活」をはじめ様々なテーマを手広く扱っています。やわらかく、多くの人に理解され、役に立つ政治学をつくりたいと思っています。

 もともとすごく新聞を読む人間でした。実家には中学生のときに切り抜いた記事が大量に残っています。もちろん我々の世代でそんな読者は少数派。今の学生ではほぼいないでしょう。

 一人暮らしをしてからしばらく、私も購読をやめていました。ネットで様々な情報が得られる時代。「新聞がなければやっていけない」とは思わなかった。新聞は読者にどれだけ具体的利益を生み出せているか、もっと考えるべきです。

 読者だけでなく、「読者の外側」と向き合うことも大切だと思います。朝日新聞に特定のイメージが貼り付いているのは厳然たる事実です。中身を見なくともそのイメージを持っている。多くの人が色がつかないことをよしとする時代、ニーズの変化にどうつきあい、イメージをどう変更・再建できるか。

 手立てはいくつかあると思います。一つは「記者の顔が見える記事」。どんな人がどんな思いで、ときに苦しみながら、手間暇をかけて取材したのかを伝えることは大事。フェイクニュースが増えるなか、信憑(しんぴょう)性を担保するのはそれぞれの記者の誠実さだからです。

 次に「文脈づけ」です。このニュースは何が面白く、なぜ重要か。文脈がわかる工夫が必要です。重要な前提は何度繰り返してもいい。歴史のある新聞社だからこそ「蓄積の活用」も強みです。データベースだけでなく、取材で培った記者の知識やノウハウを生かす余地はたくさんある。

 もう一つ、力を入れたらいいと思うのは「今後の予定」。速報性ではウェブに勝てない。でも、「これから何が起きるか」のスケジュールや勘所を事前に伝えてもらえれば、ニュースの解像度は違うでしょう。

 「そもそもの佐藤」。大学院生時代、ある先生からそう呼ばれたことがあります。「そもそも、この研究って……」と議論をひっくり返してしまうと。PEとしても、様々な方の意見を聞きながら「そもそも」を問い直し、新聞が社会にとってより身近に感じられるよう貢献したいと思います。(聞き手・河村克兵)

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 さとうしん 1988年生まれ。専門は現代日本政治、日本政治外交史。著書に「近代日本の統治と空間」「日本婚活思想史序説」「60年代のリアル」など。

 ■「読者と仲良く」を本気で 藤村厚夫さん(スマートニュース社フェロー)

 子どもの頃、新聞は家のど真ん中にありました。きちんと読み始めたのは大学生になってから。今はスマホで見ますが、朝一番に読むのはやっぱり紙面。記事の大きさを感じながらニュースに触れています。

 情報を積極的に得るというより、自分の知識のリトマス試験紙として読む感覚です。専門分野のIT関連の記事には「情報が足りない」「分析が違う」と思うこともありますが、専門外の話を読むと「ほほう、そういうことか」と。記事を批判的に読めない分野があるということを自覚するために読んでいます。

 ニュースアプリを運営するスマートニュース社でメディアとの折衝の責任者を長く務めました。多くのコンテンツを受け取り、求められる情報を求める人に届けるわけですが、右から左に流すのではなく、「フェイクニュース」など悪質な情報を抑制し、良質な情報を届けるような仕組み作りにも取り組んできました。ITの事業家としての意欲とともに、メディア人としての立ち位置でもニュースの流通に関心があります。

 新聞というビジネスを将来にわたって存続可能なものにするには、新しい読者と出会う接点を広げ、信頼関係を築き、好きになってもらう努力が必要です。これまで新聞は読者と仲良くなろうと本気で考えたことがあったでしょうか。正しい情報を届けるため、記者が燃えるような志で権力と闘う。事件を追いかける。それを否定する余地はありません。ただ、読者に歩み寄るより、新聞の正しさや価値を優先してきたように外からは見えます。

 そういう視点で見ると、音声でニュースを解説する朝日新聞ポッドキャストは読者との距離を近づける役割を果たすだろうと思います。報道に対する外からの見え方を変えるかもしれない。若い人との接点も広がるでしょう。PEとして、そうした外側の視点を大切にしていきたいです。

 ウクライナの現地取材など素晴らしい報道には「ありがとう」と伝えたい。一方で「いや、そこじゃなくて、ここを考えては?」ということも読者と一緒に言っていきたい。読者の皆さん、朝日新聞にどんどん意見を言いましょう。「これはダメだ」「もっと、こうしてほしい」と。そんな読者の意見に対し、朝日新聞はよろいを脱ぎ、主張や意見が異なる声をもっと記事で取り上げてほしいです。(聞き手・富田祥広)

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 ふじむらあつお 1954年生まれ。ネット専業メディアの経営者などを経て、2013年からスマートニュース社でメディア事業開発を担当。18年から現職。

 ■橋渡し役、世の中の声に耳澄まして 本社PE・小沢香

 新聞は大きな曲がり角に来ています。これまでは世の中全体に共通するニュースが求められていることが前提でした。いま自分の好きな情報を自由に読めるデジタル社会にあって、新聞の役割とは何でしょう。現場では模索が続いています。

 社会の出来事を切り取り、それを社会に返して成り立ってきた新聞の姿を練り直すには、外の声に徹底的に向き合うしかありません。読者、公募による読者のモニター、お客様オフィスや地域の販売所(ASA)などにご意見を寄せられた方、スマホで1本の記事に目を留めてくれた方、ネットで記事への感想を共有してくれた方、まだ世の中の動きに関心を持てずにいる方……。

 パブリックエディターは「パブリック」、つまり世の中の皆さんの声に耳を澄まして新聞につなぐ「橋渡し役」です。ほぼ毎週開く意見交換の会議では、私を含むPE4人が編集部門のリーダーや記者たちに記事への感想や疑問を率直に伝え、時に一緒に悩み、議論を交わしています。

 制度ができて9年目。新しい顔ぶれで、皆さんとともに朝日新聞の報道を点検していきます。

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