(社説)死刑事件の再審決定 不正義をすみやかに正せ

社説

[PR]

 死刑判決の誤りのおそれが、極めて濃厚になった。救済には一刻の猶予もない。すみやかに裁判をやり直すよう求める。

 57年前に静岡県で起きた一家4人殺害事件で死刑が確定した袴田巌さんについて、東京高裁はきのう、有罪判決に合理的な疑いが生じたとして、再審の開始を認めた。

 87歳の袴田さんは人生の大半を拘置所で過ごした。今回の再審請求からでも、15年がたつ。検察側は最高裁に特別抗告せず、再審を受け入れるべきだ。

 ■もろかった証拠構造

 再審請求審の最大の焦点は、袴田さんが働いていたみそ工場のタンクにあった5点の衣類の証拠としての確かさだ。逮捕の1年後、公判段階で見つかった。有罪判決は、これらが犯人の着衣で、袴田さんのものだったとの認定に支えられていた。

 みそタンクに入っていた衣類の血痕には、赤みが残っていた。弁護団は、衣類をみそに漬けた再現実験の報告書を新証拠として提出。色の変化についての鑑定も行われた。決定は、衣類が1年以上、みそ漬け状態だったことに疑いが生じ、再審に必要な「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」だと判断。衣類以外に有罪の根拠とされていた証拠も合わせ、総合的に判断し直した。

 新証拠が元の裁判に出ていれば有罪にはならなかった、という決定の指摘は重い。さらに、これらの衣類は捜査機関の者が隠した可能性が高いとも、決定は言及している。血痕の赤みがわかるカラー写真は、再審請求審で裁判所の求めに応じ、検察側が初めて提出したものだ。

 検察はどう受け止めるのか。特別抗告すれば、最高裁決定までさらに時間がかかる。袴田さん、支えてきた姉秀子さん(90)に残された時間は多くない。

 ■手続きの不備明らか

 再審は「開かずの扉」と言われてきたが、1975年の最高裁決定は「疑わしきは被告人の利益に」の刑事裁判の原則が再審にも適用されるとした。80年代には、死刑確定者の再審無罪が4件続いたが、それ以後、死刑事件の再審は途絶えた。

 誤判がなくなったわけではない。2010年以降も足利、布川、東京電力社員殺害などの無期懲役事件で再審無罪が続いており、進行形の問題である。

 冤罪(えんざい)は国家による最も深刻な人権侵害であり、司法が自ら正す責任は何よりも重い。

 だが再審開始までが長く、救済制度として機能していない現実がある。2月末に大阪高裁が再審開始を認めた日野町事件では、本人は最初の再審請求中の11年に死去した。

 根本にあるのが、手続きの不在だ。刑事訴訟法の再審についての規定は19条文のみ。進め方の定めはない。日本弁護士連合会は、裁判所の裁量が大きく、担当する裁判体による「再審格差」があるとみる。研究者や元裁判官も再審法の整備を求めてきたが、国会・政府に動きはないのは怠慢としかいえない。

 とくに急がねばならないのは再審手続きの証拠開示のルール作りだ。裁判員制度の創設に伴い証拠開示制度ができたが、再審については見送られた。再審開始には、無罪の言い渡しが想定されるほどの新証拠が求められる。再審手続きになって検察側が出してきた手持ち証拠が有罪の土台を揺るがせたケースは、今回の事件に限ったことではない。証拠開示を促す裁判所の意欲や検察側の対応任せにしない規定が必要だ。

 ■取り返しつかぬ冤罪

 静岡地裁が再審開始決定をした14年に釈放された袴田さんは妄想の世界にいて、今も普通の会話は難しい。身に覚えのない行為で罪におとされ、死刑の淵に立たされる日々の過酷さを、その姿がまざまざと示す。

 100人を超えるほかの死刑確定者に、誤判の可能性はないと言い切れるか。見過ごせないのは、再審請求中の人に対する執行だ。かつては法務省も避ける傾向にあったが、17年以降、常態化し、昨年執行された1人、一昨年執行された3人のうち2人も再審を求めていた。

 法務省は、再審請求中であることは死刑の執行停止の理由には法律上なっておらず、請求が当然、棄却されると予想される場合にはやむをえないと説明しているが、袴田さん自身、再審請求を何度も退けられてきた。

 死刑は再審の機会を封じることでもあり、憲法の裁判を受ける権利、適正手続きの保障、個人の尊重などの理念を損なうことをふまえるべきだ。仮に執行したのちに誤判だと分かっても、生命は戻らない。

 裁判員裁判での死刑の選択も他の量刑と同様、9人中、裁判官1人を含む5人以上の多数決で決まる。だれが判断しても死刑しかない場合にだけ適用するという制度にはなっていない。

 袴田さんが巻き込まれている死刑冤罪は、人の生命や尊厳を重んじる社会と死刑とは共存しがたいことを突きつけている。国会と政府は直視し、廃止に向けた議論を始めるべきだ。

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

【本日23:59まで!】有料記事読み放題!スタンダードコースが今なら2カ月間月額100円!詳しくはこちら