(フォーラム)「体育嫌い」を考える:1 体験から

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 ■#ニュース4U

 体育が苦手な子どもは、今も昔も一定数います。「体育嫌い」の声を丁寧に聞いていくと、指導のありかたや児童・生徒の序列化、ジェンダーバイアスといった根深い問題が見えてきました。どう変えていけばいいでしょうか。一緒に考えてみませんか。

 ■「男子だから耐えろ」教師に反論できず 組み体操・持久走、苦い思い出

 大阪府吹田市の大学生、江口康太さん(21)には、体育をめぐる苦い思い出がある。

 通っていた愛知県長久手市の公立小学校では、6年生の運動会の組み体操で、指導する教師たちが、男子のピラミッドを前年より一段高くすることにこだわった。江口さんは一番下の段。運動場の砂の上についた手足が、上の段からの圧力で痛かった。落ちてけがをする子もいた。

 教師たちはこう言ったという。「男子だから、先輩たちも続けてきたから、やらなきゃいけない。やる気だ。根気だ。耐えろ。もっとつらい人がいる。チームワークだ」

 6年生の時の持久走の距離は約1キロ。体育の授業での練習で走り続けることができず、学校行事の校内大会でも途中から歩いた。すると、普段は優しい教師に、「歩くな、ちゃんとやれ」と怒鳴られた。

 こうした経験から、体育嫌いになった。教師の言い分はおかしいと思っていたが、口にはできなかった。就職活動中のグループワークで、「チームワーク」を求められた際、当時の記憶がよみがえり、もやっとした気持ちを抱いた。

 別の視点から考えるようになったのは、井谷恵子・京都教育大名誉教授が続ける「体育嫌いの声を聴く研究プロジェクト」に参加したことがきっかけだ。「男ならできて当たり前だという価値観。できないのはふざけているからだという決めつけ。おかしいと思いつつ、言う勇気はなく、そのままにしていた。でも、そういう思いを持つ人が、自分だけじゃないと気づいた」

 スポーツが嫌いな子どもを半減させる――。昨年度までの5年間の国の第2期スポーツ基本計画には、こんな目標が盛り込まれていた。だが、国の調査によると、中2男子のスポーツが「嫌い」「やや嫌い」の割合は、2008年度の11.6%が21年度は12.7%に上がった。中2女子は、08年度の20.7%が21年度には24.7%に増えた。今年度からの第3期スポーツ基本計画では、スポーツ嫌いの子どもを減らそうという目標は消えた。

 国などの過去の調査では、体育嫌いは女性が多く、原因は教える側の能力主義や、子どもの側の苦手意識にあることなどが指摘されている。

 井谷さんの研究で特徴的なのが、グループインタビューだ。体育が嫌いになった体験を持つ同世代の話を聞き、自分の思いを安心して言葉にする経験を通じて参加者たちが変化していく過程を記録する。

 江口さんもそういう経験をした一人。「話したことで、わだかまりに整理がついた。『生涯スポーツ』とも言われているので、運動をもう一回好きになりたい」と話す。

 井谷さんは今年度、国の助成事業としての研究「『体育嫌い』の沈黙する声に注目した体育カリキュラムの探究」も立ち上げた。こうした声を通じて、体育を問い直す試みだという。

 ■競争から離れゲームの要素、みんな笑顔 ゲートボール、小学校の授業に

 体育に苦手意識のある子どもと、どう向き合うか。甲府市の山梨学院小学校で体育を教える志村美穂さん(39)は、一昨年から授業にゲートボールを採り入れた。

 高学年になると他者を意識するようになり、体育を嫌いになる子どもが増える傾向がある。ただ、「はずかしい」「失敗したらどうしよう」といった思いを抱くのは、心が育っている証しでもある。苦手意識を乗り越えるために大切だと考えたのが、遊びやゲームの要素だ。

 ゲートボールは国内6万人の競技人口の9割が75歳以上で、学習指導要領には含まれていない。誰もが初めてで、「鉄棒で落ちた」「プールの水が怖い」といった苦手意識も、習い事をしていて得意ということもない。そのため、「授業がやりやすかった」という。

 競争から離れ、スポーツそのものを楽しみながら、工夫したり、協力したりする体験に導く。それをもとに新しいルールを考え出すなど、スポーツの構造の学習にもつなげる。

 授業では、普段は体育の授業に積極的でない女の子が、楽しそうにボールを追っていた。サッカーが得意な男の子は、うまくいかなくても笑顔が絶えなかった。みんな、夢中になっていた。

 こうした授業は、志村さん自身の学びにもなったという。「遊びの要素を充実させて、気づいたら技能が身についているというふうにできたらいい。工夫を続けていきたい」

 ■男性標準のカリキュラム、女性の体育嫌いに拍車 京都教育大名誉教授・井谷恵子さん

 「体育嫌い」に注目したのは、体育嫌いの子どもたちが、嫌いだということを黙っていることに気づいたのがきっかけです。体育が運動やスポーツを遠ざけるきっかけになり、いじめやジェンダーの不平等にもつながっているのではないかと考え、研究を始めました。

 体育が苦手で抑圧的な状態に置かれたり、体育の評価の説明がつかない理不尽さに悩んだりしている子どもたちは、困っていることを言葉にできていません。周囲からの無意識の視線や言葉、無自覚な強制のせいで、体育に対してポジティブになれない子どもたちがいます。

 どうして女性に体育嫌いが多いのか、という問題もあります。原因は、女性の心身が体育やスポーツに適していないからではなく、体育のカリキュラムが男性を標準にした競技スポーツを中心に作られているからだと考えています。

 学習指導要領の改訂にかかわる方々の意識の中心には、競技としてのスポーツが子どもの教育にとって最善だという考えがあり、競技としてのスポーツを体育の中核にしたいという思惑があると私は見ています。

 日本の体育は競技スポーツを中心に構成され、特に競技の基礎的な能力を身につけることが強調されがちです。学習指導要領が改訂され、考えることや問題解決も主題となっていますが、競技スポーツが学習内容の中心におかれているため、実態は変わりにくいと考えています。

 自分の体を理解し、必要な体力をつける方法を知り、励まし合いながら成長する経験が、体育では大事です。ジェンダーやセクシュアリティーの視点から、学校体育の制度全体を再考することで、問題点に気づけるはずです。

     ◇

 いたに・けいこ 1954年生まれ、兵庫県出身。京都教育大学名誉教授。元日本スポーツとジェンダー学会会長。

 ■メンバー選ばれず疎外感/頑張ったのに「やる気ない」/体操服姿からかわれ嫌に

 「#ニュース4U」やメールで「体育嫌い」についての思いや意見を募ったところ、多くの体験談が寄せられました。

 ●やる気がないと怒られた

 高校の体育にあった体操の平均台が苦い思い出。教員からは、手先まで集中して動かすように言われたが、出来なかった。自分なりにがんばったつもりだったが、教員からはやる気がないと怒られた。(青森県八戸市、女性、46歳)

 ●勝ち負け以外の楽しみを

 小学生の頃、体育の授業でチームを二つに分けるときに、上手な子がキャプテンになって、順番にメンバーを選んでいくやり方があった。そういう時は、いつも一番最後か、その直前まで残った。疎外感を強く感じた。スポーツは勝ち負けを決めるので、自分が負ける原因になっていると思ってしまうとつらい。勝ち負け以外の楽しみ方を先生が教えてくれていればよかったのに、と思う。(大阪市、会社役員・大村成雄さん、45歳)

 ●習熟度別に授業して

 素早く動くのが苦手。小学時代の体育のドッジボールでは、常にターゲットだった。怖くて、いつも外野に立候補していた。軟らかいボールを使ったり、苦手な子に対しては強く投げないように指導したりするなどの配慮があれば、嫌いにならないのでは。習熟度別に授業してもよいと思う。(神奈川県、歯科助手・女性、20代)

 ●座学的な指導も

 小中の体育は嫌いだったが、大学時代のウェートトレーニングの授業では、どうすれば筋肉がつきやすいのかといった科学的・技術的な指導を教授から受け、身体を動かすことが好きになった。運動に興味を持つには、技術的な部分の指導に加えて、そのスポーツの歴史やルールの根拠、ケガを避けるポイントなど座学的な指導も大切だと思う。(東京都、大学教員・男性、67歳)

 ●男子にからかわれて

 中学生の頃、発達が遅いことがコンプレックスだった。体操服は身体のラインがわかりやすく、男子にからかわれた体験から、体育自体もますます嫌いになった。服装がきっかけで体育が嫌いになるのはもったいない。できるところは変えてほしい。(東京都、地方公務員・女性、40代)

     ◇

 「体育嫌い」に関する体験談やご意見をお待ちしています。dkh@asahi.comメールするまでお寄せ下さい。

 ◇「体育嫌い」の声を聴く、という研究テーマにまず驚いた。立ち上げた井谷恵子さんは、「体育嫌い」の声から体育を問い直そうと呼びかける。そこでもう一度驚いた。そんな当たり前のことを、体育の専門家はしてこなかったのか、と。

 国の調査で、体育やスポーツが嫌いでやらない子どもが増え続けていることは知っていた。スポーツ庁の分析では、スマートフォンを見る時間が延びたからだ、とされていた。原因は運動の体験がつまらないからではないか、という可能性を考えず、外に原因を求める姿勢に、改善にはつながらないと感じた。

 私は日本サッカー協会の公認B級コーチという資格を取り、小中学生や地域の選抜選手を指導した経験がある。資格者の養成コースでは、指導の実践が繰り返される。複数の選手の目線を採り入れて、一つの指導を組み立てる。教え込むのではなく、選手の自発性を中心にし、課題も解決する。「できない」「つまらない」を選手のせいにすることはあり得ない。「サッカー嫌い」を生むなんてもってのほかだ。

 取材では「体育嫌い」の人の話をよく聞いた。足を引っ張って周りから責められる心配や、他の子どもにできることが自分にできない不安、できそうにないことを求められる理不尽さなどが「嫌な体験」だった。運動した時の体の痛みや苦しさを指摘する人はいなかった。

 それなら解決できるはずだ、と私は思う。体育教師は、体育を教えるプロのはずだ。現実はどうなのか。教師の意見も聞いてみたい。(忠鉢信一)

 ◇忠鉢信一、片田貴也が担当しました。

 ◇ご意見・ご提案をお寄せください。asahi_forum@asahi.comメールする

 ◇来週27日は「『体育嫌い』を考える:2」を掲載します。

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