「改憲・護憲」超え、語るには 朝日新聞あすへの報道審議会

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 国際情勢の緊迫による防衛力強化の動き、安倍晋三元首相の国葬、政権の国会軽視。憲法との関係が気になることが続いています。一方、読者からは「憲法の記事はとっつきにくい」との声も。くらしの中で憲法を語り、幅広い議論につながる報道とは――。朝日新聞が10月8日に開いた「あすへの報道審議会」で、読者の声をもとにパブリックエディター(PE)と本社編集部門の記者らが意見を交わしました。

 <パブリックエディター>

 ◇高村薫(たかむらかおる)さん 作家。「マークスの山」「土の記」など著書多数。1953年生まれ

 ◇山本龍彦(やまもとたつひこ)さん 慶応大法科大学院教授(憲法学)。1976年生まれ

 ◇小松理虔(こまつりけん)さん 地域活動家。福島県いわき市を中心に活動。1979年生まれ

 ◇小沢香(おざわかおり) 朝日新聞社員。元フォーラム編集長。1966年生まれ

 ■憲法に照らして、安保報じて 高村PE

 憲法改正は生活にどのような影響があるのか。かみ砕いた解説がほしい。(東京・女性・30代)

 改憲派と護憲派の政治家や学者が議論する場を設け、その内容を報じては。(福岡・男性・30代)

     ◇

 高村薫PE 一般国民にとって憲法がとっつきにくいのは、「改憲か護憲か」の二択で語られることが多いからだろう。

 豊秀一・編集委員 国会に憲法調査会ができた2000年以降、憲法論議を取材してきた。敗戦に伴い施行された今の憲法は、戦争放棄を掲げた9条や、統治権の総攬(そうらん)者だった天皇を象徴とした1条、女性に不平等を強いる戦前の家制度を解体する24条など旧秩序への挑戦だった。これに反発して1950年代から保守層が改憲を主張し、対抗する形で護憲運動が生まれ、改憲・護憲の構図ができた。火が燃え盛っている時に消火活動をするのがジャーナリズムの役割だ。

 山本龍彦PE 立憲主義のために憲法がどうあるべきかの議論はもう少し多元的であるはずだ。「改憲か護憲か」というメディアの二項対立的な聞き方が、個人のイデオロギーを問う踏み絵になっており、多元的な憲法論にふたをしてしまっている。二項対立的な世論調査も再考が必要だと思う。

 豊 改憲で何を実現したいのか、まもろうとしている憲法の価値は何かということを深く考えられる報道がさらに必要なのだろう。

 藤田直央・編集委員 政治には落ち着いた憲法の議論を望みたい。専守防衛の概念をあいまいにして防衛力強化の既成事実を積み重ねる政治が憲法に向き合っているのかを問うことも大切だ。

 高村PE 台湾情勢の緊迫などで防衛に関するリアリズムの議論が増え、改憲の必要があるとの声も広がる。一方で、自衛隊の海外での武力行使を可能にした安全保障法制が違憲ではないかといった憲法の原理原則や、法制の決め方が問題だったという視点が抜け落ちているように見える。

 田伏潤・政治部次長 15年の安保法制の制定時は、そうした憲法論に議論や報道が集中しすぎていたという意見もあった。憲法論と安全保障論の両方をきっちり報じていきたい。

 山中季広・論説主幹 今の安保法制は、歴代内閣が一貫して守ってきた憲法解釈を安倍政権が強引に覆して生まれた。立憲主義は踏みにじられ、安保関連法の成立した15年9月19日、憲法は事実上破壊された。改憲・護憲の二元論を超え、「壊憲」の動きに対して何が書けるかを考えている。

 山本PE 安保については決め方や手続きの問題も重要だ。現在はSNSで敵対的な言葉やフェイクニュースが飛び交う。こうした言論環境で安全保障を巡る冷静な議論ができるだろうか。また、特定秘密保護法もあり、安全保障に関する重要な情報が主権者国民に十分に行き届かないという問題もある。報道機関が「決め方」の妥当性を監視する必要性はより高まっている。

 ■社内の多様な意見、見えるように 小沢PE

 海東英雄PE事務局長 改憲を巡る社説の主張は。

 山中 数十年単位で言えば、社説は揺れもするしブレもする。日本が主権を回復した52年のサンフランシスコ講和条約の発効前、当時の社説は「憲法改正への準備を」とまで書いている。ただ自衛隊を違憲と述べたことは一度もない。自衛隊の役割を明記するために9条を変えることには一貫して反対してきた。例えば憲法に準ずる平和安全保障基本法を新設し、自衛隊を位置づけ、専守防衛を明言せよと訴えたこともある。

 角田克・常務取締役編集担当 メディアが改憲試案などを出す例があるが、どう思うか。

 高村PE 改憲や護憲の旗を掲げる必要はない。憲法の規範を守っているか、それとも揺るがしているかの検証を貫いてほしい。

 山本PE 私も必要ないと思う。改憲・護憲を問うために必要な情報を国民に提供することが重要だ。衆院解散権行使の曖昧(あいまい)さなど、今の憲法の構造的な弱点やバグ(不具合)を明らかにしてほしい。

 小松理虔PE 世間で「朝日新聞=護憲」というレッテルが貼られることも多い中で改憲試案を出すよりも、今の憲法のバグを読者と一緒に考えようと投げかける記事を読みたい。

 小沢香PE 憲法施行60年を迎えた07年5月3日、朝日新聞は21本の社説「提言・日本の新戦略」を8ページにわたり掲げた。当時の論説主幹は憲法と自衛隊や日米安保条約について「私たちの先輩も戦後、この関係を真剣に考え、悩み続けてきた」と打ち明けた。あらためて今、社内にも多様な意見があることや、論説委員それぞれの考えを署名入りで紹介してはどうか。

 山中 過去には「参議院を『地方の府』にしよう」という社説も載せた。国会のあり方を変える憲法改正が必要な話で、当時ものすごく迷ったそうだ。我々の悩みを可視化していくタイミングなのかもしれない。

 ■国会軽視する統治、批判的視点を 山本PE

 安倍元首相の国葬は国会を軽視して決められた。憲法に関わる問題だ。(和歌山・女性・60代)

 憲法に違反した国政運営がされていることをしっかり報道してほしい。(京都・男性・60代)

     ◇

 山本PE 憲法には平和主義など理念的な部分と、国の統治の仕組みなど機械的な部分があるが、日本では後者の議論が十分ではなかった。日本国憲法は他国の憲法に比べて統治に関する条文数が少なく、その「余白」を自民党や官僚が法律や規則、慣行などで埋め、自分たちに都合のよい統治空間を作ってきたと思う。政府が国会に提出する法案などを事前に与党で審査して提出を承認する事前審査の仕組みは、問題のある「余白」の埋め方の一つだ。報道機関は現在の統治空間を自明とせず、もっと批判的に見るべきだ。

 藤田 内閣による衆院解散も建前は行政府から立法府へのチェックだが、政治の現場では与党党首の首相が権力闘争に使い、報道もそれを追わざるをえない。

 豊 衆参いずれかの議員の4分の1以上の求めがあれば内閣は臨時国会を召集しなければならないと定めた53条も無視されている。三権分立で言えば行政に権限が集中し、国会は軽視され、裁判所も政治に遠慮して違憲判断を避ける傾向にある。三つの権力の権限の分配がいびつである実態を分かりやすく報じたい。

 高村PE 内閣法制局長官を政権に都合の良い人物にすげ替えるなど、政権が憲法を恣意(しい)的に解釈して法律や制度をつくっている。憲法の秩序を尊ぶために必要なことを地道に書き続けてほしい。

 小沢PE 市民に見えないところで大事なことが決まる政治のあり方が、憲法がうたう国民主権や民主主義に矛盾していることを報じていってほしい。

 小松PE 普段の生活で「統治」というものは見えづらい。政治がけしからんと感じても、どう声を出せばいいのか分からない。政治と憲法のズレを新聞に示してもらえると、僕らのモヤモヤを言語化でき、声をあげやすくなりそうだ。

 ■くらしの理不尽、きっかけに 小松PE

 学生時代に習ったきり、憲法を目にする機会がない。ニュースに該当する条文を載せてほしい。(千葉・女性・40代)

 個人の生きづらさの問題が、どのように憲法とつながっているのかを分かりやすく伝えてほしい。(広島・女性・60代)

     ◇

 小松PE 僕も憲法報道に苦手意識がある。朝日新聞は多様な切り口で伝えているが、読者が生活で感じる理不尽と憲法とのつながりが分からないと、憲法報道を遠くに感じたままだ。

 市川美亜子ゼネラルエディター(GE)補佐 今年の憲法記念日にデジタルで配信した憲法学者の女性と亡き母の物語がよく読まれたのが印象に残っている。書いた記者は憲法に詳しいわけではなく、この女性が母との思い出をつづったツイッター投稿に心打たれて母の日に向けて取材を始めた。だが、〈母は憲法12条を実践した人〉という投稿について話を聞くうち、自由と権利は「国民の不断の努力」によって保持しなければならないとする12条が母娘の背骨になっていると感じたという。人生の傍らに憲法がある。そこが読者に届いたのではないか。

 加藤あず佐・国際報道部員 8月まで大阪社会部で教育分野を担当し、不登校の生徒らの学び直しに取り組む大阪府立西成高校を取材した。生徒が自分と重ね合わせて貧困問題を学ぶ授業があり、人権は「思いやり」「いたわり」といった精神論をこえて、権利として社会で使うものだと教えていた。別の記事では理不尽な校則や職場のルールを取り上げた。身近な規則が憲法の基本的人権を乗りこえて人を縛るのはマイルドな人権侵害のようなもの。いずれも憲法について書こうと思ったわけではなく、結果的に憲法の価値を考えることにつながった。

 野村周GE兼東京本社編集局長 日々の報道では一人ひとりが幸せを感じられる世の中につながればということを大切にしている。日々報じることの大半が憲法に関わることだと思う。

 小松PE 憲法について考える記事と、憲法を考えるきっかけになる記事は違うと気づいた。両方を行ったり来たりして読める仕掛けがデジタル版にあると、若い世代が記事に触れる機会も増えるのではないか。

 山本PE 「学校の先生がAI(人工知能)だったら」「仮想空間メタバース』に皇居があったら」と仮定して、教育を受ける権利や象徴天皇のあり方について問いかけるなど、デジタル化と絡めた創造的な問いが若い世代の議論を促すと思う。憲法の「余白」を埋め、豊かな憲法空間を構築するのは、今を生きる私たちの責任でもある。憲法が世代横断的な未完のプロジェクトであることを意識してもらう報道が大切だ。

 小沢PE 個人と国家の間にある学校や職場、家庭などの領域の問題を記者と市民が学び合うようなイメージで憲法を報じていけるといい。個人や仲間で声をあげられる文化が育ち、市民が政治を見つめて投票に行かないことには国の仕組みも改善されないと思う。

 角田 若年層ほど、SNS、スマホでニュースを見ており、平均値でもスマホを見る時間がテレビ視聴時間まで超えた現実がある。これを前提に、大事な憲法報道をより多くの人に届けられるよう編集局や社をあげて取り組んでいきたい。

 (司会は海東事務局長)

 ◆パブリックエディター(PE)

 読者から寄せられる声をもとに、本社編集部門に意見や要望を伝える役割を担う。

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    藤田直央
    (朝日新聞編集委員=政治、外交、憲法)
    2022年11月1日17時42分 投稿
    【視点】

    参加しました。トイレ休憩を挟んで3時間ぶっ通し(なので紙面掲載はごく一部)。PEからの問題提起をどんどん転がす感じで、広く深く刺激的な議論でした、  憲法を読者の身近に感じていただくようにどう記事を書くかというのはずっと悩みどころでして、

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