(パブリックエディターから 新聞と読者のあいだで)本音で語る場、新聞が設けて 小松理虔

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 政府は4月、東京電力福島第一原発にたまり続ける水を海洋放出で処分する方針を決めた。多くの自治体、漁業者が反対する中での一方的な決定であり、朝日新聞でも積極的な報道がなされてきた。しかし、福島県いわき市に暮らす筆者から見るとどこか地元の感覚とズレているようにも感じていた。モヤモヤの正体はどこから来るのだろう。その正体を探るため、記者たちに話を聞いた。

 処理水報道の中心になったのが科学医療部と福島総局だ。科学医療部の記事では、トリチウムの性質や放出基準、「汚染水」と「処理水」の定義の違い、他国の状況などを取り上げた。問題を基本的なところから整理できた読者も多かったはずだ。中心になった小坪遊記者に話を聞くと、「処理水と汚染水を混同している人が多いと感じていた。問題の基本的な部分を整理したかった」と話す。合意形成の不備や賠償の枠組みなど処理をめぐる論点が多々あるなか、すでにあるファクトをベースに議論の足場を整えようとしたのだ。記事は読者からも好評であった。

 一方の福島総局は、地元の目線に立ち、政府によるなし崩し的な決定や対話の不備を批判的に取り扱った。5月に掲載された福地慶太郎記者による記者解説はその最たるものだ。福地記者は現場取材を続けるうち「信頼が失われたままで話を進めても意味がない」と強く感じたという。そこで記者解説では、放出をめぐる争点を丁寧に整理しつつ、対話を重ねることの重要性を強く押し出した。今後も「対話」をキーワードに取材を続けるそうだ。

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 地元に負担を強いる国や東電が一方的に情報を伝えるだけでは、信頼は築けず、相互の意見交換も進まない。そもそも漁業者とは「漁業者の同意なしにいかなる放出も行わない」と約束していたはずだ。崩れた信頼を築き直そうという姿勢が感じられないのでは、溝は深くなるだけだろう。筆者にも福地記者の問題意識はよくわかる。

 だが、それでもなお筆者のモヤモヤは残る。なぜだろう。「反対する漁業者」の背景が、まだまだ書き切れていないからではないか。筆者は漁業や水産業に関わる人たちの思いをじかに聞く機会も多い。そこで聞かれる意見は多様だ。総理や復興大臣が前に出て説明すべきだと憤る漁師がいれば、自立が遅れるから賠償ばかり考えていてもダメだと語る魚屋もいる。新しい事業を展開すべく福島沿岸を漁業特区にして欲しいと話す仲買人がいれば、県は廃炉後の未来にどんな漁業を残したいのかビジョンが見えないと指摘する加工屋がいる。

 そこで語られる言葉にはグラデーションがある。力がある。もちろん、賛成か反対かで分ければほとんどが「反対」だろう。しかし、反対の背景にはさまざまな思いがある。大きな困難を受け止め、家業や地域の将来に思いをはせ、それでもなおも前を向こうとしている現場の人たちの話を聞くと、私はいつも涙ぐんでしまう。みんな、本音を語りたいのではないだろうか。そこに課題を考えるヒントがあるはずだ。

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 当事者ゆえに語りにくい状況もある。福地記者がいうように対話が必要だ。ただ、対話のためには、それぞれの意見の背景を素直に吐露できる場が要る。そこで考えたい。新聞にも、対話の場は作れるのではないか。対話を促す力があるのではないか。それを発揮できたかと。

 ある漁業者がこんなことを言っていた。政府や東電の説明会は一方的な説明ばかりだ。説明を受け止めるだけで精いっぱいなのに、「関係者から目立った反論はなかった」と処理されてしまう。反論ないはずないよ。考えるだけで精いっぱいだよ。

 いま必要なのは、当事者の複雑な声を聞こうとする場、いわば声を「受信」する場だ。国にも東電にも、あるいは県や漁協にも求められるだろう。そしてその姿勢は新聞にも求められる。新聞報道は「発信」に重きを置くあまり、わかりやすく対立構図を描きがちだ。すると、グレーゾーンにいる人たちは内心を語りにくくなり、それぞれの背景が見えなくなる。記者たちはわかりにくい声を聞いても読者には伝わらないだろう、記事にしづらいだろうと考え、「受信」がおろそかになってしまうのかもしれない。

 記者たちは、もっと現場に、本音に迫って欲しい。といっても、「本音を語ってくれ」と迫るばかりでは難しい。遠回りかもしれないが、福島総局を会場に水産業者を招いて対話の場を企画してもいい。県内で復興にあたる人たちとの意見交換会を開くこともできる。そうして様々なチャンネルを使って深く現場に入り、現場と同じ目線で復興について考える場をつくり、その声を聞こうとする。そこにも信頼は生まれ、明らかになる事実があるはずだ。信頼が問われているのは新聞も同じだ。港町に暮らす現場の一人として、記者たちの作る対話に期待したい。

 ◆こまつ・りけん 地域活動家。福島県のテレビ局記者などを経て、地元のいわき市を中心に活動。著書「新復興論」で大佛次郎論壇賞受賞。1979年生まれ。

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