(社説)司法改革20年 未完の歩み つなぐ使命

社説

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 政府の司法制度改革審議会が意見書を公表して、きのうでちょうど20年になる。

 90年代に始まった政治、行政、経済など多分野に及ぶ改革の総仕上げと位置づけられ、この意見書に沿って、法律家の増員や裁判員制度の導入、日本司法支援センター法テラス)の設立などが実現した。

 意見書の根幹を貫く考えは、「法の支配」が隅々にまでゆきわたり、「個人の尊重と国民主権が真の意味において実現される」社会を築くことだった。

 現実はどうだろう。

 弁護士の数は約4万2千人と00年の2・5倍近くに増えた。地方の弁護士過疎状態が改善に向かうなど、司法の使い勝手が良くなったのは間違いない。

 しかし「法の支配」の貫徹という観点から見ると、寒々とした光景が広がる。

 権力をもつ者も法に縛られ、勝手は許されない。監視と均衡を働かせて市民の権利や自由を守る。それが「法の支配」だ。ところが目につくのは、この逆をゆく「人の支配」だ。

 国の安全保障に関する長年の憲法解釈を、一片の閣議決定で変更する。検察人事や日本学術会議の会員選びで過去に国会とかわした約束を覆し、内閣が万能者のようにふるまう。意見書でも重要性が指摘されている「行政情報の公開と説明責任の徹底」を忌み嫌う――。

 政治の逸脱や怠慢をチェックする司法の機能を強化させ、ゆがみを正さねばならない。従来にも増して、改革の理念の大切さを痛感させられる状況だ。

 統治の正統性に関わる一票の格差訴訟(11、12年ほか)や婚外子の相続差別を巡る裁判(13年)などで、最高裁は憲法に基づいて踏み込んだ判断を示し、下級審でも注目すべき判決や決定が相次ぐ。一方で臨時国会を召集しなかった内閣の行為の違憲性が問われた裁判のように、本質に立ち入らぬまま訴えを退け、存在意義を自らおとしめる例も少なからずある。改革は道半ばと言わざるを得ない。

 個別の課題も山積している。

 裁判員の辞退率は実施初年の09年の53%から上昇し、昨年は66%になった。手をこまぬいていては、国民に支えられた制度といえなくなる恐れをはらむ。法科大学院も混迷から抜け出せない。試験対策に偏らず、日々の学びを通じてたくましい法曹を育てるという設立の意義に立ち返り、優秀な人材を司法界に送り出してもらいたい。

 身近で頼りがいのある司法を築くという改革の原点を忘れず、制度、運用の両面で不断の検証と見直しに取り組む。意見書20年の節目を、その決意を新たにする機会としたい。

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