(社説)コロナ下の記念日 憲法の価値 生かす努力こそ

社説

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 今年の憲法記念日も、昨年と同様、新型コロナ対策の緊急事態が宣言される中で迎えた。

 全国の死者は累計1万人を超え、大阪は医療崩壊の危機に瀕(ひん)する。感染対策の強化と国民の暮らし、自由や権利をどう調和させるか、難しい局面が続く。

 7年8カ月の長期政権の間、改憲の旗を振り続けた安倍前首相は退陣し、後を継いだ菅首相に強い意欲はうかがえない。一方で、強権的な政治手法は相変わらずである。

 憲法が掲げる普遍的価値を揺るがす挑戦をどう受け止めればいいのか、主権者である国民もまた問われている。

 ■「強制型」対策へ一歩

 「コロナ禍や未知の感染症など緊急事態への対応は、憲法に新たな問題を提起している」(自民党の石井正弘氏)

 「緊急事態での人権制約のあり方を議論する必要がある」(日本維新の会の松沢成文氏)

 連休前の4月末に開かれた参院憲法審査会。自民、維新両党から憲法に緊急事態条項を設けるべきだとの意見が出された。

 日本のコロナ対策は、時短・休業にしろ、外出自粛にしろ、罰則によらない、国民への「お願い」が基本だった。第1波をこの方式で乗り切り、最初の緊急事態宣言を解除した際、当時の安倍首相は「日本モデルの力を示した」と胸を張った。

 ところが、今年に入り2度目の宣言が出されると、新型コロナ対策関連法に罰則が導入された。政府案にあった刑事罰を、与野党協議で行政罰にとどめるなどの修正があったとはいえ、4日間の審議でのスピード成立からは、憲法が保障する営業の自由などを制約し、強制力を伴う対策に一歩踏み出すことへの深い思慮は感じられなかった。

 そして今、私たちは、変異ウイルスの猛威を受けた第4波のさなかにいる。

 ■説明責任の持つ意味

 感染拡大を防ぐために、どこまで自由や権利の制限を受け入れるのか。非正規労働者らへのしわ寄せが深刻化するなか、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」をどう実現するのか。教育を受ける権利や集会の自由との兼ね合いは――。

 いずれも、各条文の趣旨を踏まえて熟考すべき重い課題であるが、それは憲法を変えねば対処できないということを意味しない。施行から74年、国民の間に定着し、戦後日本の平和と繁栄、自由な社会の礎となってきた憲法の諸価値を十分生かすことを通じて解を探るべきだ。

 この間、この国の政治指導者は、どれほど真摯(しんし)に国民に向き合ってきたであろうか。

 コロナ対策に限らず、安倍、菅両氏に共通するのは、説明責任を果たそうという姿勢の決定的な欠如である。国民の疑問や野党の質問に正面から答えず、その場しのぎで逃げる。自らの失敗や誤りを潔く認め、責任を引き受けることもしない。

 「説明責任は、憲法上の義務でもあります」

 コロナ禍で生じるさまざまな憲法問題をまとめた「コロナの憲法学」の編者で、千葉大教授の大林啓吾氏はそう語る。

 大林氏が注目するのは憲法前文にある次の一節だ。「国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」

 信託が成立するには、国民からの信頼が条件となる。信頼を得るためには、国民への丁寧な説明が不可欠というわけだ。

 コロナ対策では、西村康稔経済再生相ら担当閣僚が連日のように発信を繰り返しているが、首相が先頭にたって国民に訴える場面はほとんどない。これでは到底、信託は成り立つまい。

 ■首相に課された責務

 首相は先の訪米時、ニューズウィークのインタビューに応じ、現行憲法は「今日の現実に追いついていない」としつつ、「改正は現状では非常に難しい」と認めた。

 「改憲ありき」の安倍路線を継承しないのは妥当な判断だ。しかし、首相が憲法の掲げる原則や価値に重きを置いているわけではないことは、前政権の官房長官以来の言動で明らかだ。

 森友・加計学園桜を見る会をめぐる問題では、三権分立に基づく国会の行政監視機能をないがしろにし、米軍普天間飛行場の移設問題では、県民投票や知事選で繰り返し示された辺野古ノーの民意を顧みることはなかった。東京高検検事長の定年延長日本学術会議の会員候補の任命拒否は、従来の法解釈を一方的に変更して強行された。

 首相はバイデン米大統領との会談や日米豪印4カ国の首脳協議などの外交舞台では、中国への対抗を念頭に、人権や法の支配といった普遍的価値と民主主義の共有を強調する。これらが日本社会に深く刻まれたのは、現行憲法によってであることを忘れてもらっては困る。

 憲法に忠実に従い、日々の政権運営に生かす。それこそが首相に課された責務である。

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