(取材考記)愛知知事リコール署名、「芸術祭」だけじゃない 不自由な生活、不満ぶつけた市民 伊藤智章

 昨年の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」をめぐり、愛知県内では8月から大村秀章知事へのリコール解職請求署名活動が続いた。署名会場などに行き、活動を手伝うボランティアや署名した人100人以上に、同僚と2人で取材した。署名活動は県内各地で最終的に12月まで続く予定だったが、11月初旬、署名呼びかけ人で「高須クリニック」の高須克弥院長が体調の悪化を理由に突然、活動休止を表明した。

 芸術祭は昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などに抗議が相次いだ。リコール署名は、展示を容認したのは知事で責任を問う、との理屈だった。

 朝日新聞は昨年、「表現の自由」の観点で芸術祭を擁護する論調だった。今回、取材に「反日朝日か」「新聞は信用できない」と返してくる人もいて、緊張した。

 とはいえ、多くは子連れの夫婦や会社員ら一般の市民だった。戦友の遺体を踏み越えて帰還したという祖父の苦しみを涙ぐんで語る女性、「家族の写真が目の前で焼かれたらどう思いますか。ダメでしょう」と話す男性会社員にも会った。自分に引きつけて考えた人たちに共感できる部分もあった。

 意外だったのは、署名の理由に新型コロナウイルスへの行政対応の不満をあげる人が相当いたことだ。愛知県が飛び抜けて多くの感染者や死者を出したわけでもなく、よくのみ込めない。

 だが、コロナの影響で仕事がないという男性は「俺らに税金を使わずどこに使ってんだ、ということですよ」と即答した。「よその知事にかみついたのがダメ」と話す人もいた。知事はコロナ対応で連日記者会見に立ち、他県と比較する対象になり、不自由が続く暮らしの不満をぶつける対象にもなっているのだと見えてきた。

 主催者は約43万筆を集めたとする。芸術祭の対応だけでなく、日頃の不満の意思表示として署名した人もいたと推測する。

 リコールには約86万筆が必要なため不成立だが、様々な不満がこの規模で顕在化したことに驚きがある。コロナで人々と社会が急速に変化しているのか。今後もウォッチしたい。

 (編集委員)