(社説)嘱託殺人 医の倫理に背く行い

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 進行性の難病患者の女性に頼まれ、薬物を投与して殺害したとして、医師2人が嘱託殺人の疑いで逮捕された。

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患っていた女性のものとみられるブログやツイッターには、安楽死を望むような記載があった。だが3人の間でどんなやりとりがあったのか、容疑者らの考え・目的は何だったのかなど不明の点が多い。事実関係の解明が待たれる。

 これまで報じられた内容を見るかぎり、逮捕された医師らがしたことは正当な医療行為とは到底言えない。担当医でも、ALSを専門に診ていたわけでもなく、女性とはSNSを介して知り合ったとみられる。家族らとの接触もなく、女性からは医師の口座に130万円が振り込まれていたという。

 91年の東海大病院事件や98年の川崎協同病院事件など、終末期の患者の命を終わらせた医師の刑事責任が問われた事例は過去にある。しかし、どれも通常の医療の延長線上にあった行為であり、今回の事件とは明らかに様相を異にする。

 オランダベルギースイス、米国の一部の州などは、病気が治る見込みがない人が望んだ場合に、医師が自ら薬物を使用、あるいは処方して死に至らしめることを認めている。

 ただし、耐えがたい苦痛があること、患者本人が熟慮した結果であることなど、厳格な要件と手続きが定められている。それでも重い病気や障害のある人の命の軽視につながるとの異論は尽きない。今回の容疑は、こうした国々の取り組みからも大きく逸脱している。

 改めて言うまでもなく、患者の生命・健康に深く関わる医師には、高い倫理と人権感覚が求められる。その前提のうえに、危険な薬物を取り扱うことが許されている。容疑者2人にその自覚はどこまであったか。

 ALSは全身の筋肉が徐々に衰えていく病気で、根本的な治療法はない。症状が進めば意思疎通の手段が狭まり、社会とつながりを持つのがさらに難しくなる。旅行が好きで活動的だったという女性が向き合った苦悩は、察するにあまりある。

 患者を取り巻く状況や不安を理解し、日々の生活はもちろん精神面もしっかりサポートする態勢をつくる必要がある。

 患者本人や支援する人たちからは、事件を機に「死ぬ権利」に注目が集まり、「生きる権利」がないがしろにされるのではないかとの声が出ている。

 生命の尊厳を共有し、そんな懸念を払拭(ふっしょく)することが、ALSに限らず、さまざまな障害のある人と共に生きる社会を築くことに通じる。

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