(ひもとく)和田誠の世界 創意工夫の仕事ぶり、迸る天才 矢崎泰久

有料記事ひもとく

 今でこそパロディーを知らぬ人はいないだろう。しかし、月刊誌「話の特集」を創刊した1965年ごろ、和田誠が毎月8ページ、パロディーを担当したいと言い出した時は、何のことやらさっぱりわからなかった。

 「とにかく、これ見てくれないか」と渡されたのは「殺しの手帖(てちょう)」という、花森安治さんが戦後間…

この記事は有料記事です。残り1431文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません