東日本大震災や熊本地震では、下水管や処理施設の被災、断水などで、多くのトイレが使えなくなった。業務継続計画(BCP)によって復旧の手立てを備えていた被災地でも、想定を超える被害を受け、汚水のあふれを食い止めるぎりぎりの対応が続いた。▼1面参照
■東日本大震災
約70万人の汚水を処理する東北最大の処理場、仙台市南蒲生(がもう)浄化センターは仙台湾の海岸線から約300メートルにある。2011年3月11日、高さ10・4メートルの津波にのみ込まれた。電気設備や配管はずたずたに壊れ、処理機能は失われた。
実はセンターはその前年、独自のBCPを策定。汚水処理ができなくなった場合、緊急放流ゲートを開いて汚水を海に流し、市内であふれないようにするのを主な目標にしていた。だが、センター全体が津波に襲われる事態は想定していなかった。翌朝、職員たちは、緊急放流ゲートを開ける役割の油圧ホースが切断され、ゲートが閉じていることに気がつく。放っておけば、汚水があふれてしまう。
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「手動で開けて水を流すしかない」。業務係の菅野清司さん(58)ら6人は余震の中、がれきの間を縫ってもう一つの小さなゲートに向か…
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