今年も400年以上の歴史守り続けた 厳寒の夜空に作柄照らす火の粉

小幡淳一
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 岩手県二戸市似鳥(にたどり)の似鳥八幡神社で2月3日夜、春の例大祭「サイトギ」が開かれた。400年以上前から地域で受け継がれてきた神事。「3年続ければ、厄が落ちる」とされ、今回で3年目の記者も参加した。

 旧暦1月6日の夜に開かれ、「オコモリ」「水ごり」「裸参り」「火まつり」からなり、五穀豊穣(ほうじょう)と無病息災を願い、その年の穀物の作柄を占う。

 昨年は暖冬の影響で冷たい雨が降り、境内は氷まじりのぬかるみだった。今年も積雪は少ないものの、開始直前に激しい雪が降り、辺りは真っ白。この日の市内の最低気温はマイナス8度で、凍える寒さだった。

 今年の男衆は11人。ベテランのみなさんに迎えられ、「お久しぶりです」。日が沈み、冷え込みが厳しくなる。拝殿でおはらいを受け、まずは水ごり。ふんどし姿で前に出た。たるの水を手おけにくみ、気合を入れて持ち上げ、勢いよくかぶった。左、右、左と3回かけ、身を清めた。

 続く裸参りでは、さらしで下帯姿になり、三角に折った紙を口にくわえ、幣束(へいそく)を持つ。無言の行だ。足の指は冷え切って感覚がない。震えが止まらない。観客が列の途中を横切ると願が切れるため、必死に後ろをついていく。約30分かけ、本殿を3回参拝し、境内に20あるお堂を回った。

 燃えさかる井桁の前に着くと、強烈な熱気が襲いかかった。火の粉が飛び散り、素肌にも降り注ぐ。冷やすため、何度も胸や肩、太ももに雪を塗りつけた。

 午後8時。ホラ貝の音を合図に太鼓が鳴り響いた。長さ4メートルの棒を振り上げ、燃えさかる井桁に振り落とす。衝撃と同時に、真っ赤な火の粉が立ち上がる。熱くてあちこちが痛いが、目の前の炎に集中した。

 サイトギの火の粉は、北風にあおられると夏の土用に気温が上がって南風になるので豊作になると言われる。逆に南風は夏に冷たく湿った「やませ」が吹くため凶作とされる。

 今年は極めて珍しい西向きで、最後まで流れは変わらなかった。作柄は炊いた穀物を剣状に盛った「オコモリ」の崩れ具合と合わせて判断する。宮司は「平年作」の託宣を下し、「天候には十分注意せよ」と付け加えた。

 初めて参加した盛岡市の大学職員、菊地智久さん(51)は「みそぎをしてお参りし、祈りを捧げる。お客さんも我々もたなびく火の粉を見つめ、みんなで心を一つにした。ストーリー性があり、美しいお祭りでした」と話していた。

 男衆はさらしの巻き方から神事の所作まで人から人へと伝統を受け継いできた。厳しいしきたりもある。家庭に不幸があったり、住居を新築したりした場合は男衆に参加できない。身を清めるため、昔は正月から肉や魚を口にしなかった。

 長老たちは言う。「毎年毎年、何日もかけて地域で準備し、守り続けてきた。五穀豊穣や無病息災を祈る神事だけど、サイトギができること自体、豊かな暮らし、幸せの証しなのです」

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この記事を書いた人
小幡淳一
前橋総局
専門・関心分野
事件、マラソン、防災、農業、料理