袴田巌さん再審で無罪判決 地裁、自白調書など三つの証拠捏造認定
1966年に静岡県のみそ製造会社の専務一家4人を殺害したとして、強盗殺人罪などで死刑が確定した袴田巌さん(88)の裁判をやり直す再審で、静岡地裁(国井恒志裁判長)は26日、無罪(求刑死刑)を言い渡した。判決は、「自白」した供述調書や犯行着衣とされた「5点の衣類」など三つの証拠捏造(ねつぞう)がある、と認定した。死刑が確定した事件で再審無罪となったのは戦後5件目。
検察の対応が今後の焦点に
検察は、再審の判決に対し控訴できる。ただ、80年代に確定死刑囚が再審で無罪になった4事件を含め、検察が再審公判での無罪判決に控訴した例は近年ないとみられる。弁護団や支援者は、袴田さんの年齢も踏まえ一刻も早い無罪確定を求めており、検察の対応が焦点になる。
地裁「実質的な捏造」
この日は午後2時に開廷すると、長年の拘禁生活で精神を病んだ袴田さんの代わりに出廷した姉の秀子さん(91)が、裁判長の正面に座り、主文が言い渡された。
国井裁判長は、冒頭で判決の「骨子」を告げ、袴田さんを有罪とした元の裁判の証拠には「三つの捏造がある」とした。まず、袴田さんが「自白」したとする検察官の取り調べ調書は黙秘権を侵害し、非人道的な取り調べで獲得された虚偽のもので、「実質的な捏造」とした。
また、袴田さんの逮捕から1年後に突然発見され、犯行時の着衣とされた「5点の衣類」についても「捜査機関によって血痕をつけるなどの加工がされた」と述べ、捏造と認定。袴田さんの実家から押収された、5点の衣類のズボンと同じ素材の端切れも「捜査機関によって捏造されたもの」とした。
その上で、これらの証拠を排除すれば、袴田さんが犯人でないとしたら合理的に説明できないか説明困難な事実関係はなく、袴田さんが「犯人であるとは認められない」と結論づけた。
裁判長謝罪「長い時間がかかり申し訳ない」
判決言い渡しは午後4時ごろに終了した。
閉廷の前、国井裁判長は秀子さんに、検察官が控訴すれば高裁でさらに審理が続くことを説明した上で、「無罪判決は確定しないと意味がない。裁判所は自由の扉は開けましたが、閉まる可能性があります。裁判所としては長い時間がかかってしまったことは申し訳ないと思っています」と謝罪した。最後に秀子さんに「末永く心身ともに健やかにお過ごし下さい」と告げた。
秀子さんは閉廷後の午後4時10分過ぎ、報道関係者や支援者が待ち構えるなか、静岡地裁の正門前に姿を見せた。
「袴田巌さん無罪判決」の旗が掲げられると、笑顔で無罪を喜んだ。正門から少し離れた場所で舞台に上がり、支援者らに「長い間、ありがとうございました」と謝意を示すと、集まった人たちから「おめでとう」の声がわき上がった。
最大の争点だった「5点の衣類」
再審公判での最大の争点は「5点の衣類」に付着した血痕の色の変化だった。
衣類は袴田さんの逮捕の約1年後、みそ工場のみそタンクから見つかり、発見後のカラー写真では、血痕に鮮やかな赤みが残っていた。
弁護側は、衣類のみそ漬け実験や専門家の鑑定結果を踏まえ「1年もみそに漬かれば赤みは消える。血痕に赤みが残る衣類は、発見直前に投入されたと考えられ、すでに勾留されていた袴田さんのものではなく、捜査機関が捏造したもの」と主張してきた。
これに対し検察側は、法医学者らの共同鑑定書を提出し「長期間みそに漬かっても、赤みが残る可能性は否定できない」と主張。捏造については「実行不可能で非現実的だ」と述べた。
この日の判決は、弁護側の主張を全面的に認め、「1年以上みそ漬けされた場合に血痕に赤みが残るとは認めらない」と指摘。衣類は捜査機関による捏造だと判断した。
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