「バグる」世界を眺めると 理由なき異変、なぜ心をかき乱されるのか

有料記事カルチャー・対話

哲学者・谷川嘉浩=寄稿

Re:Ron連載「スワイプされる未来 スマホ文化考」(第4回)

 「バグ」という言葉について考えてみたい。英語で“bug”というと、小さな虫のことだが、19世紀後半には機械の故障や不具合にトーマス・エジソンがこの単語を用いた記録が残っているそうだ。つまり、バグの歴史はコンピューター(電子計算機)より古い。

 ただ、バグについては有名なエピソードがある。アメリカ最初の電子計算機Harvard Mark Iのプログラマーの一人、グレース・ホッパーという女性が、後継機であるMark IIの開発中に不具合に行き当たり、一匹の蛾(が)が原因であることに気づいた。そのときの作業日記には、「実際に発見されたバグの最初の事例」と記された(この日誌は、スミソニアン博物館に収蔵されている)。「バグ」は元々故障や不具合を指す言葉として使われていたのだが、1947年というコンピューターの草創期に、物理的な虫としてバグが再発見されたわけだ。

 ここにあるのは、「調子よく機能するはずなのに、その進行が不測の事態、想定されない侵入者によって滞る」という観点から対象を把握する想像力だ。デジタル端末の普及や、ゲームへの親しみが増したからか、バグの観点から世界を捉える想像力はありふれたものになっている。

 私がSNSで収集した用例でいうと、急に散財してしまったときは「金銭感覚バグってる」し、初対面の人に対して急に親しげな振る舞いをしている人を見たら「距離感バグってる」と思うし、それから、あまりにおいしい食事にありついて食べ過ぎるときは「胃袋バグってる」とか「食欲がバグってる」などと言う。自分のいつも通りの感覚や状態から、例外的に逸脱した事態が生じたとき、そこに「バグ」を見いだしているわけだ。

 バグるのは感覚ばかりではない。世界がバグることもある。夏の盛りに焼き芋屋さんが活動している様子を写真に載せながら、「バグ」と呼んでいる人を見たことがある。画家の知人が、部屋の広さに見合わないほど大きいキャンバスを置いて絵を描いていたとき、部屋の縮尺が変だということで「部屋バグるサイズの絵」とSNSに投稿していた。今年の夏は異常に暑いということを、「季節バグってんな」と言うこともあるだろう。

 これらの事例は、通常の進行とは違う何かが起きていること、つまり法則性の逸脱を「バグ」として捉えているわけだ。というより、「法則性の逸脱を、計算機の不具合になぞらえる」習慣を、バグ的な想像力と言うべきなのだろう。

 そのトーンが色濃くあらわれるのは、人間同士のインタラクションが法則的に決まっている場面である。たとえば、コンビニ店員のレジ対応マニュアルを、コミュニケーションの手順や手続きを示す「プロトコル」と捉える投稿を見つけたことがある。レジ対応をされたとき、客として「レジで袋要りません、ポイントカードないです、Suicaで」と最初にまとめて伝えると、店員さんがパニクるか、伝達を無視して「レジ袋はご入用ですか」から会話が始まるかするという。このアカウントは、決められた手順を飛ばして処理しようとすると起きる不具合や入力の無視を、「バグ」と捉えていた。

 プロトコルという単語自体は古くからあるものだが、通信用語としても用いられる。コンピューター同士の通信において、データ形式や処理手順、伝達経路などを取り決めておく必要から、その手順を「プロトコル」と呼ぶ。この用例を踏まえると、上の事例は、人間をコンピューターに見立て、2人のインタラクションの不具合を、通信プロトコル上のバグと見立てるものだと言えるかもしれない。

 バグ的想像力が日本語表現になじんできたこともあってか、ゲームのバグがアートの文脈にも影響を与えている。HOTEL ANTEROOM KYOTOで毎年開催されている「art bit」展では今年、グリッチ(突発的な故障・不具合)やバグを取り込んだ作品が複数あった。

 たとえば、しゅんてが制作したゲーム「BearRunner Any% RTA」(2022年)。これは、カセット部分をたたくことで操作するゲームで、バグによって最短を目指す体験をゲーム化したものだ(しゅんてのゲーム自体は故障していないので、バグだと感じるようなインターフェースになっているだけだが)。

 あるいは、アーティストの岡田舜が、「Y's」(2014年)や「R??a?aR??a?a?n??`?R??a?aR??a?a?n??`??e?zR??a?aR??a?a?n??`??e?z?e?zR??a?aR??a?a?n??`??e?zR ??a?aR??a?a?n??`?R??a?aR??a?a?n??`??e?zR??a?aR??a?a?n??`??e?z?e?zR??a?aR??a?a?n??`??e?z」(2018年)などの絵画作品で、ファミリーコンピュータの画面上に生じたバグをモチーフとして取り込んでいる。

バグは〈この世界以上のもの〉の兆し?

 情報学者のドミニク・チェンは、プログラミングを学んでいる時期に遊んでいたデジタルゲームで、バグに直面してこう感じたという。

 ……ゲームが「バグる」と…

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