夢の中なら「派手にいこう」 死地を抜けた棋士・高橋佑二郎の歌

 6月、羽生善治九段(53)や藤井聡太七冠(21)ら棋士たちが一堂に会した通常棋士総会の自己紹介で、歌を披露した新人がいた。師匠の十八番(おはこ)だというサザンオールスターズの名曲「真夏の果実」を響かせた高橋佑二郎四段(25)とは、どんな棋士なのか。18日のC級2組順位戦・島朗九段(61)戦を前に話を聞いた。

 高橋佑二郎は涙を止めることができなかった。

 本当は勝負の現場で泣きたくはなかった。

 けれど、どうしても止められなかった。

 幼い頃から右往左往しながら、惑いながら、夢を追ってきた自分を最後に肯定する涙だったからだ。

 2024年3月9日、東京・将棋会館。

 棋士養成機関「奨励会」第74回三段リーグ最終日。

 45人の三段のうち、わずか上位2人が四段、つまりは棋士になることを許される超難関における最終決戦の一日だった。

 「最初で最後だと思っていました」

 佑二郎は前節まで12勝4敗と昇級圏内につけてラストラウンドを迎えていた。リーグ参加7期目にして初めての、そして最後になるかもしれない好機だった。奨励会には26歳(原則)で強制退会になる年齢制限の規定が存在し、自分は7月で25歳になろうとしていたからだ。過去のリーグ6期で勝ち越しは1回だけ。今こそ手にするか、逃すか。ようやく巡ってきた乾坤一擲(けんこんいってき)の時だった。

 前夜は眠れなかった。最終日だから、ではない。三段リーグの前日に深く眠れたことは一度もなかった。常に寝不足を抱えたまま、人生の分岐に立つ現場へと向かっていた。「でも、不思議なんですけど、前日は緊張していても、今期だけは盤の前に座ると震えることはなかったんです」

 鬼勝負で2連勝すれば、他の結果に関わらず夢への切符を手中にする戦況で、午前中の小窪碧三段戦に勝利。2戦目の渋江朔矢三段戦を迎えたが、進んでいく盤上は苦戦から敗勢へと傾いていく。

 「必敗形になってしまったんですけど、焦る、とかじゃないんです。ああ負けたか、また負けたなあって受け入れている自分がいました。挫折しすぎると、もうよく分からなくなるんです。棋士になる、ということがどういうことか」

 相手玉は入玉模様で捕まりそうにない。もう投了しようかと思った時、昇段を争うライバルが対局室に入ってくる姿が目に入った。どうせ勝ったんでしょ、見に来なくてもさ……などと思いながら、まあせっかくだからもうちょっと指すか、と粘ることにした。

 「あれからでした。あれから…

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この記事を書いた人
北野新太
文化部|囲碁将棋担当
専門・関心分野
囲碁将棋