「世の中から孤独をなくす」を目的に掲げ、月に一度開く食堂がある。名前は「タノバ食堂」。誕生のきっかけは、主催の宮本義隆さん(53)が早期退職で直面した「承認の場の喪失」だった。
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5月下旬の夕方。東京・世田谷にある寺院の施設の広間に、にんじんや牛肉、コチュジャンが並んだ。参加者がそろい、エプロン姿で台所から現れた宮本さんがあいさつをする。
「今月は、韓国ののり巻きのキンパです。巻き方には少しコツがいりますが、まあ出来不出来は気にせず、楽しく召し上がってください。それでは、いただきます!」
この日の参加者は16人。インスタグラムを見て来た20代もいるが、会場の近くに住む60代以上が大半だ。ご近所同士なんとなく顔を見たことはあっても、話したり食事をしたりする機会はあまりないという。宮本さんもテーブルにつき、最初はキンパの作り方などたわいのない会話が続く。やがて酒を飲む人も出てくると、話題は地元の思い出話にもおよび、話し声はだんだんと大きくなっていった。
食堂は約2時間で終了。食事代は「自由価格制」で、額は100円でも2千円でもいい。参加者は配られた封筒に、それぞれが払える金額をいれて渡し、帰路についた。
「人と人のゆるいつながりを回復すること。それによって、望まない孤独に陥るのを予防すること。この二つがタノバ食堂の目指す役割です。タノバは『他の場』、職場でも家庭でもない第三の居場所、という意味をこめました」
そう話す宮本さん。ヤフー、電通といった有名企業を渡り歩き、デジタル広告の最前線で闘っていた人物だ。「孤独耐性は人一倍強い」と自分では思っていた。しかし50歳で早期退職をし、社会とのつながりが切れると、その考えは覆された。
ヤフーから電通 そして、すり減っていく自分
就職氷河期時代に新卒で入った文房具メーカーから、1999年にヤフーに転職した。当時のヤフーは設立からまだ3年。ベンチャー企業らしい活気のなかで、宮本さんは黎明(れいめい)期のインターネット広告の営業を担当した。
「テクノロジーの進歩で世の中が変わっていくワクワク感があった。青春時代のように楽しい時期でした」
ヤフーで7年勤めた後、別の会社を経て電通へ。一貫してデジタル広告の畑を歩み続けた。しかしネットをめぐる環境の変化で、かつての情熱は徐々に失われていった。
「SNSやプラットフォーマーの台頭によって、デジタル広告も彼らの決めたルールの上で動くようになりました。人が介在する余地が減り、ウェブサイトは広告で埋め尽くされ、『とにかく目立てばよい』という風潮が広がっていきました」
これで人々が幸せになるのか。なんのために仕事をしているんだろう――。すり減っていく自分を感じた。
電通のグループ会社に出向して副社長をしていた2022年の夏、電通本社から早期退職の募集があった。精神的にも追い詰められていた宮本さんに迷いはなかった。51歳で会社をやめた。
会社にしばられない開放感もつかの間。宮本さんは、「あるもの」を失ったことに初めて気づきます
退職後はまったくのノープラ…