暴力に満ちた世界で、希望を想像する 問い続ける作家ハン・ガンさん
暴力性と、他者への愛。韓国の作家ハン・ガンさんは、この人間の二面性を一貫して作品に描き、国際的に高く評価されてきた。近年、相次いで小説の舞台としたのが、多くの犠牲を出した韓国現代史における二つの事件だ。なぜいま史実に目を向け、なにを描こうとしたのか。話を聞いた。
ハン・ガンさん 1970年、韓国・光州市生まれ。「菜食主義者」でブッカー国際賞。14年に「少年が来る」。21年発表の「別れを告げない」は今年3月、日本語版が刊行された。
――私はブッカー国際賞受賞の「菜食主義者」でハンさんの作品に出会いましたが、10年前に発表した小説「少年が来る」と最新作「別れを告げない」では、どちらも韓国でかつて起きた虐殺を描いていることに目が留まりました。
「暴力は歴史の中で、世界中で繰り返されてきました。人間の暴力は、私にとって子どもの頃から宿題のようなものでした」
「私は韓国南西部の光州で生まれました。9歳で光州を離れましたが、ソウルに来て約4カ月後、光州事件が起きました」
《光州事件 光州市で1980年5月、後に大統領となる全斗煥氏が主導する軍部が、民主化を求める市民や学生らを武力で制圧。160人以上が死亡した》
「12歳の頃です。家で『光州アルバム』という冊子を目にしました。それは、犠牲者の遺族や生存者たちが秘密裏に作った、虐殺事件の記録でした。軍政下の徹底的な統制のもと報道もされない当時、事件が実在したことを証拠として残すため、殺害された人々の写真と共に広まっていたのです」
――大変な衝撃を受けたのではないですか。
「まだ幼かった私は、人間というのはあまりに怖いと思いました。自分自身も人間であるという事実が恐ろしく、世界はとても暴力的なところだという印象が迫ってきました」
「ユダヤ人虐殺の舞台となったアウシュビッツの話を聞くと、その暴力はにわかには信じられないものです。一方で、地下鉄の線路に落ちた子どもを救うために、自分の命をかけて飛び込む人もいる。人間という存在が持つスペクトラム(連続体)が広すぎて、私には謎でした。その一番下はどこで、一番上はどこなのか、と」
「思春期になって、なんで生きるんだろう、私は誰なのか、人間とは何か、と悩んだ時に、同じ悩みが、それまで私が読んだ本の中にすべてあったということに気づきました」
争いで多くの命が奪われ、分断や格差も深刻な世界で、文学や作家ができることは何か。初めて日本メディアのインタビューに応じたハン・ガンさんが思いを語ります。
影のように見え隠れした光州
――それが文章を書く道へとつながったのですか。
「実は本を読み返してみると…