原発被災の町で住民発のアート展 作家が悩み選んだテーマは「望郷」

酒本友紀子
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 原発事故により一時、全町民が避難した福島県浪江町で、住民発のアート展が始まった。テーマは「望郷」。帰還した人、移住してきた人、復興事業で町に出入りする人。さまざまな立場の人がふるさとについて考えるきっかけになれば――。そんな思いが込められている。

 会場は、かつて町の中心だった新町通りにあるテイクアウトカレー店「ひるバル」。事故前は、明治期から続く町最大の祭り「十日市」が開かれ、にぎわっていた。だが、いま営業するのは「ひるバル」含めて数軒だ。

 企画したのは、高校教諭の高橋洋充さん(53)。県内外の教員や元教員でつくる作家グループ「ESSENCE Of Real」に声をかけ、15人による新たな創作や、テーマに沿った過去の絵画・写真など約20点が出展された。

 高橋さんの実家は新町通りのすぐそばにあったが解体された。7年前に一帯の避難指示が解除されてから通り沿いの一戸建てを購入し、福島市から毎週末通う。

 「18歳の時は一刻も早く離れたかったのに、事故後は『帰りたい』『帰らなければいけない』町になった」。これまでは、そう思う理由が自分でも分からなかった。

 ある時、通りのガソリンスタンドを利用する人が時間を確認できるように、家の外壁に大きな時計をかけた。

 「すごく気持ちがすっきりしたんです。故郷にちょっとした恩返しができた、と。自分は故郷に負い目があったんだなと気づくことができた」

 次に考えたのが、通りで開く文化イベントだった。復興は行政や企業の主導で進められ、地元住民は主役になれなかったと感じてきた。事故前、同級生たちが地元名物「なみえ焼きそば」で町おこしに情熱を傾けたように、住民発の町づくりのきっかけを作れないか。そう思い立ち、アートの力を借りることにした。

 参加した作家の多くは直接、津波の被害を受けたり、原発事故で避難したりしたわけではない。

 福島市の高校に勤務する中原勝さん(53)も、引き受けたあと「この地で何かを表現できるほど、被災地のことを考えてきただろうか」と悩んだ。「浪江の人たちがおかれた境遇を思うと、後ずさりしてしまった」

 それでも、個人的なふるさとを表現することで、見る人と共通する思いを見いだせたら、と高橋さんと話し合って今回のテーマを決めた。幼い頃に見た情景を描いた絵や、ふるさとにまつわる書が集まった。

 高橋さんは「多くの人が喪失を抱え、折り合いをつけながら新しい日常をつくってきた。割り切れない気持ちを共有したり、新しい住民も含めて集ったりできる場になれば」と話す。

 21日まで、入場無料。午前10時からで、平日は午後2時、土曜は同7時、最終日は同4時まで。問い合わせはひるバル(0240・34・3029)。(酒本友紀子)

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