震災はエンタメになる? ミステリーの帝王・中山七里さんの答え

編集委員・石橋英昭
[PR]

 多くの喪失を抱えたまちで、いくつもの凶悪事件が起きる。捜査の行方はあっと驚く展開に――。中山七里さん(62)の「宮城県警シリーズ」は、東日本大震災の被災地を舞台にした社会派ミステリーだ。3部作で計50万部超のベストセラー作家に、あえて聞いてみた。震災はエンタメになりますか?

 1作目の「護(まも)られなかった者たちへ」は、もとは2016年に河北新報などに掲載された新聞小説。連載にあたっての河北新報社の注文は「仙台を舞台にすること」だけだった。

 中山さんは、サンプルにと送られてきた同紙に載っていた記事に目をとめた。復興しつつある仙台に、生活困窮者が流入しているというニュース。折しも全国各地で生活保護の不正受給や、行政が生活保護の申請を受け付けない事例が問題になっていた。

 小説のプロットは、数日でできあがった。福祉事務所の職員が無残な遺体で発見され、県警捜査1課のコンビが聞き込みを始める。被災地を背景に、社会的弱者のセーフティーネットのひずみが浮かび上がってくる。

 「ただ、東北とは縁のない部外者の僕が、震災を描くことに、後ろめたさはありました。被災地の読者に拒絶されるかもしれない。もともとシリーズ化も考えていなかった」と、中山さんは明かす。

 だが、18年に単行本が出されると、東北での売れ行きが特によかった。続編を望む声も聞こえてきた。

 「それで、覚悟を決めたんです。震災にちゃんと向き合わないと、ウソになるなと」

 1作目では、震災はあくまで後景だった。次の「境界線」(20年)では、津波で行方不明になった人の個人情報が何者かに悪用される。最新刊の「彷徨(さまよ)う者たち」(24年)は、仮設住宅の住民に退去を促していた町役場職員が殺される。どちらも震災や復興を、ど真ん中のモチーフに据えた。

 「人の心を動かし、楽しませるエンタメの力を、僕は信じている。この小説が少しでも、被災した方々の思いを後世に伝える力になり、復興の一助になるならと思って書きました」

 「だから3作とも、物語には、コソッと『希望』をさしはさんでいます。多くのものを失っても、人はまた立ち上がり、歩いてゆくんだと」

 中山さんは、現地を取材せずに書くスタイルをとっている。ふだんからの人間社会の鋭い観察をもとに想像に想像を重ね、エピソードを組み立てる。東北には最近まで、旅行に行ったことさえなかった。

 にもかかわらず、小説には被災地のリアリティーが満載だ。家や家族を失った人と、そうでない人との間に生じる溝。復興事業の陰で見え隠れする利権。絆という美名をまとった偽善集団。当地で震災取材を続けてきた記者としては、脱帽するしかない。

 中山さんは岐阜県出身。会社員を経て、「このミステリーがすごい!」大賞になった「さよならドビュッシー」で、10年に作家デビューした。今は連載を6本抱え、5年先まで隔月で単行本の刊行予定が埋まっている超売れっ子だ。幅広いジャンルを手がけ、ミステリーでは「どんでん返しの帝王」の異名も持つ。

 「自分から書きたいと思うテーマはない。僕は、版元のリクエスト通り何でも書く職人ですから」と、中山さんは言い切る。

 被災地の「部外者」が書き続けるのは限界と考え、宮城県警シリーズは3作で完結するという。いや中山先生、東北の読者としてぜひ続編を……。

 「オファーさえあれば、書きますよ」。笑ってそう答えた。

有料会員になると会員限定の有料記事もお読みいただけます。

※無料期間中に解約した場合、料金はかかりません

この記事を書いた人
石橋英昭
編集委員|仙台駐在
専門・関心分野
東日本大震災、在日外国人、戦争の記憶