岡口判事に裁判官を辞めさせる「罷免」判決、戦後8人目 弾劾裁判

遠藤隆史
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 SNSの投稿で殺人事件の遺族を傷つけたなどとして訴追された岡口基一・仙台高裁判事(58)=職務停止中=の弾劾(だんがい)裁判で、裁判官弾劾裁判所(裁判長=船田元・衆院議員)は3日、岡口氏を辞めさせる「罷免(ひめん)」の判決を言い渡した。

 裁判官は「司法の独立」を守るために手厚い身分保障があるが、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」があったときなどは弾劾裁判で罷免できる。罷免は戦後8人目。過去7人は犯罪行為などが理由になっており、表現行為が原因で罷免されたのは初めて。

 判決は、「裁判が継続的に役割を果たす上で絶対に不可欠なのが国民の裁判に対する信頼だ」と指摘。裁判官の非行が「著しい」と言えるのは、「憲法の番人としての重い役割を与えられた裁判官が『国民の信託』に反した場合だ」という基準を示した。その上でまず、岡口氏が訴追されたSNSへの投稿など計13件の行為のうち、女子高校生殺害事件の9件と犬の所有権をめぐる民事訴訟に触れた3件が「非行」にあたると判断した。

 殺害事件をめぐる9件のうち7件は「度重なる投稿で遺族に苦痛を与え続けた」と述べ、遺族が起こした民事裁判不法行為と認定されたことも踏まえ、「国民の信託」に反しており憲法が保障する表現の自由として裁判官に許される限度を逸脱したと認め、「著しい非行」にあたると結論づけた。一方で、民事裁判をめぐる投稿は、悪質性は低く「著しい非行」とは評価できない、とした。

 岡口氏は裁判の途中で、10年ごとにある裁判官の再任を希望しないと表明。罷免されなくても今月12日の任期満了で退官することになっていた。判決は、こうした点を踏まえ「罷免には疑問が残る」などの少数意見があった、とした。

法曹資格を喪失、弁護士にもなれず

 弾劾裁判で裁判官役を担う「裁判員」は、衆参の国会議員14人で構成され、3分の2以上の賛成で罷免される。今回は、結審した第15回公判を審理した12人のうち、8人以上が罷免に賛成した。午後2時から始まった判決は、冒頭で主文を述べず、最後に「罷免」の結論が言い渡された。

 弾劾裁判の判決には不服申し立てができない。罷免判決で裁判官の身分だけでなく法曹資格も喪失し、資格回復までは弁護士にもなれない。

 最高裁の徳岡治人事局長は「裁判官が罷免の判決を受けたことは、誠に遺憾。改めて職責の重さを自覚し、国民の信頼にこたえていくよう努めたい」とコメントした。遠藤隆史

岡口判事が訴追された13件の行為

 【刑事事件投稿】

 2017年12月 女子高校生殺害事件について、ツイッター(当時)に高裁判決文へのリンクと「無残にも殺されてしまった17歳の女性」などの文言を投稿(①)その後も18年3月にかけSNSに関連の投稿(②③)

 18年9月 会見で「遺族からの要請で投稿を削除した」とする発言(④)

 同年10月 「遺族には申し訳ないが、単に因縁をつけているだけですよ」などと見出しをつけた文章をブログに投稿(⑤)

 週刊誌のインタビューに「遺族が4回も傷ついた理由を変えている」などと発言(⑥)

 19年3月、ブログに「遺族を担ぎ出した訴追委員会」との見出しの記事を公開(⑦)

 同年11月 フェイスブック(FB)に「遺族が洗脳されている」などと書いた文章を投稿(⑧)

 数日後に遺族への謝罪をFBに投稿(⑨)し、ブログにも関連記事を投稿(⑩)

 【犬事件投稿】

 18年5月 犬の所有権をめぐる民事訴訟に関し、「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?」などと投稿(⑪)

 同年7月 この訴訟に関する匿名掲示板へのリンクをブログに投稿(⑫)

 19年1月 犬事件投稿が読めるFBへのリンクをブログに掲載(⑬)

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    パトリック・ハーラン
    (お笑い芸人・タレント)
    2024年4月3日22時37分 投稿
    【視点】

    立場のある人は、「個人のSNS」というものが存在しない時代だ。不特定多数の人に投げるブログなどだけではなく、個人同士でやり取りするメッセージアプリなどでも、自分の投稿が無許可で公開される恐れがあることを常に念頭にいれないといけない。 もっ

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    江川紹子
    (ジャーナリスト・神奈川大学特任教授)
    2024年4月4日11時54分 投稿
    【視点】

     判決を読んで驚いた。受け手の被害感情で全てが決まるというもので、発信者の動機や意図などはまるで無視しているからだ。  たとえば刑事事件判決に関する発信について、判決は、「読者の性的好奇心に訴えかけ(た)」という訴追委員会の主張は退けた。と

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