最果ての避難所で見た共助の強さ 見えない生活再建への道のりに不安
東日本大震災の被災地に住む記者が見た避難所
能登半島地震は発生から1カ月近くになり、東日本大震災などと同様、避難生活の長期化が懸念されている。石川県輪島市の最東端に位置する避難所を訪れると、共助の強さが見えるとともに、先行きの不安を抱える人々の姿があった。
記者は2011年の東日本大震災、16年の熊本地震の被災地に実際に住み、震災からの復興を取材してきた。いまも岩手県釜石市に拠点を置き、地震から13年がたつ東日本大震災の被災地の姿を日々追い続けている。
今回訪ねたのは、石川県輪島市町野町曽々木の避難所「ふるさと体験実習館」。朝市でに有名な輪島市河井町の市街地から海岸線を東に20キロ走った所にある。震災から1週間の今月8日に訪ねた。当時はまだ地震直後で、その道路は通行止めで、内陸から唯一通じている道路も迂回(うかい)を繰り返してやっとたどりつく、孤立度の高い場所だった。。
最初に感じたのは、地震の被害の大きさだった。津波被害が大きかった東日本大震災と比べ、地震そのものによる被害が甚大だと感じた。
東日本大震災のボランティアとして知り合い、その後の各地の災害にも支援にかけつけている広島市のお好み焼き店主・佐渡忠和さん(71)が今回もいち早く現地で活動していた。災害直後の被災者の気持ちを良く知っている人だ。記者ともあちこちで取材を通じてつながりがある。佐渡さんに、この避難所の代表で自治会長の刀祢聡さん(67)を紹介してもらい、取材と滞在の許可を得て入った。
避難所には60人ほどが身を寄せていた。
高齢者や女性が泊まる畳部屋…